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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
14章 占星の申し子

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16 ナンテンの都ですが


 私たちの馬車は伝令のように三日とはいかなかった。メイシャンがいるからだ。メイシャンは気紛れに泣いてはその度にオユンが宥めてくれる。赤ん坊の扱いになれているオユンでもメイシャンのご機嫌を取るのは簡単なことではないようで、幌の中で宥められることもあれば外の空気を吸わせないとダメな時もあった。


 それでも四日かけて馬車は都へ辿り着く。シンが待ちきれないとばかりに幌の中から首を伸ばす隙間から私も外を窺った。


「……思ったより崩壊してはいないようだね」


 私と同じように隙間から見ていたロディがシンに向けて言葉を零す。シンは微かに頷いた。


 ナンテンの都へは関所からずっと南へ下り続けた。やっとその姿が見えてきて、外から見た姿とシンから聞いていた都の様子とに大きな相違はないように思える。石を積んで堅牢な守りを示す関所と同様に、都は外部からの侵入を阻むようにぐるりと高い石壁が築かれていた。開閉する門は関所のように荒らされた様子はなく、門番も立っている。近づく馬車を不審に思ったようで止まるよう指示がされた。


「異国の者だな、何者だ。都への入門は一時制限している」


「襲撃されてるって聞いたから駆けつけたんだよ」


 ラスの返答に門番の目が鋭くなった。手助けなど不要、とばかりに槍が構えられてラスが咄嗟に背中の剣に手を伸ばす。それを珍しくセシルが抑えている様子だ。


「伝令が走ってきたんだ、状況を報告しなさい」


 シンが門番にも見えるよう幌から首を更に伸ばして声をあげた。門番はぎょっとしたようだったけれどシンの格好を見て博士、と気付くと慌てて向けていた槍を正した。


「は、飛翔体の魔物が二匹、門壁を越えて飛来しました。住民は避難させ、軍が討伐にあたり仕留めましたが西部一帯の家屋が全壊しています。それから毎日、飛翔体の魔物が来ては軍が討伐することを繰り返しています。二匹の時もあれば一匹の時もあり、近くに巣があるのではと」


「巣……? そんなものあれば誰かしら気付くはず……」


 門番の報告にシンは首を傾げる。考え込む彼の言葉に御者台にいたセシルが返した。


「飛ぶんならこの近くから来ているとは限らないと思うけど」


「しかし……」


「鳥が長距離を飛ぶのは疑問に思わないのに、魔物が長距離を飛ぶのは疑問なの?」


 セシルの言葉に隣にいたラスがちょっと、と止めた。セシルが悪びれた様子はなく、シンはぱちくりと目を瞬く。それもそうか、とセシルを向くとそのまま門番を見やった。


「飛んできた方角及び風向き、時間帯は」


「は、あ、え……? 我々は門番ですので……大体夕方頃に西の方角から来るのは見ていますが……詳細は……」


 軍に訊いた方が良いのでは、と思ったのだろうけれど門番はそれ以上は言わなかった。城へ行きましょう、とシンはすぐに決めると門番へ通すよう告げる。門番は今度は止めることなく、私たちの馬車を通してくれた。


 門を抜ければ道は石畳に舗装され馬車の振動は抑えられる。門を潜って訪れた者を迎えるように左右には露店が並び活気が見られた。それでも不安や焦燥が隠せるものではなく、空を飛び門壁を越える魔物の姿を人々も見ているのかもしれないと思う。


「……火が出たのかしら。燻る匂いがする」


 私の独り言に、多分ね、とロディが肯定した。西部一帯、と門番が言っていたから私はそちらに顔を向けて見る。都は広く戦場と化したその場所を見ることはできない。進行方向へ視線を戻せば、否応にも目に入る大きな城が建っていて馬車は其処へ向かっていた。セシーマリブリンでは尖塔が目立つ細長い印象の建物だったけれど、ナンテンの城はエノトイースの赤の宮とも違う趣だ。朱塗りが目を惹くそれは木で造られているようだった。星見のための物見台が高く高く(そび)え立ち、この国で星の言葉は本当に重たく受け止められるのだと建物を見ても判った。


「あれ、あれがリュウかしら」


 私は思わず城の天辺に座す置物を指差した。真っ赤な赤銅(あかがね)に輝くそれは太陽の光を浴びてキラキラと反射している。うーん? とロディは首を傾げて目を細めたけれど、よくは見えないようだ。


「よく見えるね、ライラ」


「私は山育ちだからかも。ねぇオユン、オユンにも見える?」


 あの広大な土地で魔物に遭遇しないよう生きていたオユンならと思って尋ねればオユンは苦笑して見えると答えた。メイシャンを抱いているせいか私よりも大人っぽく見えて、反対に少しはしゃいだ自分が子どもっぽく思えた。


「お二人とも凄いですね、見えるんですか? あれが? 此処から?」


 シンは驚いた様子で私たちを交互に見やる。はい、と私は頷いた。


「シンさんが描いた絵によく似ていました。あれが空を泳いでいたと語られる、リュウ、なんですか?」


 もちろん実際の大きさはもっともっと大きいのだろう。横たわった其処から自然が育まれ山になったという逸話もあるくらいだ。実際は都の下にいて、皇帝がお世話をしているという話だけれど。


「はい。かつては強大でこの国を護ってきたと言われるものです。今は……」


 シンは其処で口を(つぐ)み、首を振った。魔物が空から飛来して暴れても地面の下にいるリュウは出てこられない。国を護るというのも何処まで手助けをしてくれるのか不明な話ではあるけれど、そもそも都に魔物がやってくること自体がこれまでなかったことなのかもしれない。軍が出て討伐し、人は見なかった振りをするように笑顔の下に恐怖を押し隠してはいても。


 城へ到着し、私たちは軍へ向かう。ついてこい、とだけリャンには言われて手伝って欲しいとは言われていないけど、魔物が出るというのに無視もできない。シンの口添えで奇異な目で見られることはあっても文句を言われることはなかった。


「……リャン様……!」


 シンの安堵が滲んだ声に、連れられた場所にいたリャンが顔を上げる。作戦会議の最中だったようだけれど嫌な顔ひとつせずリャンは笑った。


「おぉ、遅かったな! これから魔物の巣の捜索に人手を割こうとしていたところだ。シン、お前の計算だとどうなる。この条件でひとつお墨付きをくれ」


 着いて早々、リャンはシンを自然に働かせた。シンも計算とあれば自分の出番とばかりで気にした様子はない。資料と兵たちからの聞き取りで計算を始めるシンを見てからリャンは私たちに近づいた。


「空を飛ぶ魔物だ。もう十日ほど出てる。巣があるなら其処を叩かねぇと防戦一方だ。打って出ようと思うが、お前たちも手を貸してくれるか。なに、戦場に出れないとしても此処の守りも必要だ。身の安全は保証するぜ」


 何もしないのも、と思う気持ちはあるけれど。あの、と私はリャンに尋ねる。


「どのくらいの人数感で動くのか訊いても……?」


 リャンはニヤリと笑うともちろんだと頷いた。主にラスとロディがリャンと相談した結果、私たちは都に出る魔物討伐の手伝いをすることとして、気をつけて、とお互いの無事を祈ったのだった。



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