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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
14章 占星の申し子

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15 ナンテン今昔ですが


 ナンテンは元は、よく栄えていたと言う。肥沃な土地に実りは多く、土地も食べ物も豊かで人が集まる場所には笑顔が溢れていた。広大な土地に多くの自然が天然の要塞を築いて外部からの侵略を受け付けず、平和で美しい国だったそうだ。


「その昔、空を大きな大きな蛇が泳いだと伝えられます。この国ではそれを、リュウ、と呼んで崇めていました」


 シンはさらさらと不思議な獣皮紙に長い蛇を描いた。けれどその蛇には前足と思しきものが書き添えられており、蛇の姿とは異なる。


「セシルさんが仰っていましたね。『この国は、友好的な魔物に護られている』と。そのリュウを魔物と外から来た方は思うのでしょう。我々にとっては守り神に等しいリュウと魔物は区別されます。リュウがその身を大地に横たえ、其処から自然が芽吹き山になり、今でもこの国を護っていると幼子は周りの大人から聞いて育つのですから」


 この国を護り外敵から阻むもの。それは確かに魔物とは言えないのかもしれない。セシルもラスも馬を操り警戒

にあたってくれているためシンの話を聞くことができるのは私とロディだけだけれど。


「リュウは非常に長生きで、何世代にも渡ってこの国を護ってくれたと聞きます。実はナンテンって物凄く歴史の長い国なんですよ。皇帝が変われば国の名前が変わることもありましたが、それでも皆がこの土地に留まり生き続ける。人が栄え営みを広げていくのをリュウも喜んでいたと伝えられています。その時間がずっと続くことを、最初の星の巫女は読んでいたとも」


 ですが、とシンの口調が沈んだ。とても今のナンテンからは想像できない豊かさだったのだろう。遠い遠い過去を羨むような語り口から今の時間に戻ってきたのだと感じて私はシンの話す続きを待った。


「リュウが空を泳ぐことは既になく、土地は痩せ、作物は育たず、人は飢えるようになりました。今は信じられませんが、リュウが体を横たえたから地面は温かく、時にはお湯が沸くこともあったとか。そんなことがあったのか、と歴史書を紐解けば驚くばかりです。何処まで本当を書いたのか定かではないものの、解ります、記す物事に虚構は要らない。残そうとするものならば其処に描かれるのは真実であると。星の伝える言葉を書記官が記し残す今とそう変わりはしないと。であるならば、真実なのでしょう」


 シンは目を伏せた。片眼鏡の奥で苦悩が見える。思い出すように本の頁を捲る動きを指先がした後に、書かれていた文字を視線がなぞるのが見えた気がした。


「リュウが土の怒りを買った。実りは減り、人は諍い、奪うために争うようになった。今もリュウは土の怒りを買ったまま。赦されることがなければこの国は滅びの道を辿るだけなのでしょう。それを皇帝陛下とリャン様が食い止めようと動いてはいますが……リュウももう、この国を護る気などないのかもしれません」


「口を挟んで申し訳ないが、リュウが今もいるような口振りだ。昔話、建国神話と思って聞いていたけど、まさか今もリュウがいるのかい?」


 ロディがこれだけは確かめておかなくてはと思ってねと言い添えながらシンに尋ねる。シンはやや迷う素振りを見せながらも頷いた。何だって、とロディが言葉を失った様子で返した。


「土の怒りを買い、外に出ては来られません。ですが、はい、都の地下にリュウは今もいるのです」


 都の地下に。私も驚いて目を丸くした。シンが嘘を言っている様子はないし、嘘を言う理由もない。皇帝の近くにいるシンが知っているとしてもおかしくはないのだろう。御伽話の延長かと思われるかもしれないけれど。


「リュウが暴れればこの国などひとたまりもないのでしょう。星はそうは言いません。ですがわたしはどうにも、先の関所への攻撃も今回の都での魔物出現も、リュウに護る気がないのではと疑ってしまうのです」


 そんなところへリャン様をひとり行かせてしまった、とシンは後悔にも似た悔恨を吐き出す。もしもこの別れ路が星の子の運命を分岐させるものであったならと怯えているのが見ていて判った。リャンの強さを信頼する気持ちと、自分の計算に狂いがないことへの自信が双方に揺れ動いているようだ。


「リュウの姿をキミは見たことがあるのかい?」


 ロディの問いに、いいえ、とシンはかぶりを振る。代々皇帝しかリュウを見ることは許されないらしい。リャンもシンも、リュウを見たことはない。


「もしもリュウがキミの言う通り既にこの国を護る気がないとして、一番危険なのはリャン? それとも?」


 ロディの問いかけにシンは力なく首を振る。何処か諦めにも似た空気を漂わせながら。


「最も危険なのは皇帝陛下と言えます。そしてリャン様ならばこう仰るでしょう。『民を優先しろ』と。皇帝陛下も御身のことは二の次に、この国の存続を一番に考えるお方です。ですが皇帝陛下に万が一のことがあれば次に立つのはリャン様。メイシャン様のことを知られていない今ならばその次を狙う者もいるかもしれませんが……皇帝になりたいと思う者がどれだけいるか」


 ん? とロディは首を傾げた。いるだろう、と疑問を乗せた声と一緒に。


「皇帝といえばこの国の権力者になるわけだ。器かどうかは置いといて、なりたがる者は多いものだと相場は決まっているはずだよ」


 呼び方は何であれ、力を手に入れることになるからとロディは言うけれどシンは力なく首を振って否定する。ただずっと、諦めたように。


「皇帝になればその代償を払わなくてはなりません。この国を護る最初のリュウと交わした約束。

 即ち、リュウの世話係です」


 え、と私とロディは驚いた声をあげた。シンはそれに何を思う様子もなく言葉を続ける。


「都の地下に眠るリュウは火を操ると聞きます。火傷を負って戻られる皇帝陛下のお姿を見ることがあれば誰もが皇帝になると同時に負うその仕事を引き受けられるかと自分に問わずにはいられません」


 皇帝になればリュウの世話が待っている。それを断ればリュウは暴れ、治める国などなくなってしまうかもしれない。何度も皇帝が変わったという話の裏には、リュウの世話に耐えきれなくなった人もいたのかもしれないと思えば見方が変わりそうだった。


 そしてリャンが話していたことも思い出す。彼らのその、運命を。


 ──皇帝は城にいる。国の中心、其処から動くことはない。


 ──皇帝は代償の支払いに忙しい。オレたちはそう生きることを決められ、望まれた。兄は従順に受け入れた。オレは見ての通り兄貴思いなんでな、そんな兄をひとりにできるわけがない。


 ──皇帝になることを決められた兄、その身代わりを決められたオレ。


 そしてシンが読み解いた星の言葉は、そんな彼らの運命の分岐を示している。彼らに何かあればメイシャンの辿る道も変わるだろう。都で何が待ち構えているか、想像して私はゴクリと喉を鳴らしたのだった。



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