15 テオを見つけに走り回ったのですが
人のいない村というのは異様さが際立つのだと初めて知った。誰もが慌てて逃げ出した、ついさっきまでは人がいた、というのが解るから、異常事態であることを強く意識させられる。でも村の人はほぼ全員が村長の家に集まっている。テオと、エルマを除いて。
エルマはロディと一緒だから心配はない。村の反対側ではラスが魔物と応戦してくれている。テオがそっちにいるなら、ラスと合流できたなら良いのだけど、万が一違っていたら。私は不安になって誰もいない村の道をひたすら走る。
テオの家は畑の傍だから、エルマとロディがいる方に私は引き返していた。テオの家の横を通った時には気にしていなかった。逃げ惑う人々が不安そうな顔でそこかしこにいたから、そっちを優先してしまった。
私はあちこちに視線を走らせながらテオの家目がけて走る。干しかけの洗濯物、水汲みの途中で投げ出された桶、農作業に向かおうとしていた人たちが放り出した籠や農具、そんなものはあちこちにあるのにテオの姿はない。
「テオー!」
立ち止まって大声で呼びかける私に返す声はない。辺りをキョロキョロと見渡すけれど、テオの目立つ赤毛は見つからなかった。
とん、と肩に僅かな重みがかかって私は驚いた。頬をふわふわの尻尾がくすぐる。何処からかコトが私の肩に飛び乗って来たのだ。朝は眠っていたから置いてきたコトがこんなところにいる。
「コト! テオ見てない?」
藁にも縋る思いでコトに訊いてみても、コトはめぇーと鳴くだけだった。コトに私の言葉が解るかは判断のしようもないし、逆にコトの言葉は私には解らない。魔物使いの適性が天職なら解るのかもしれないけど、ないものを望んでも仕方がない。
「テオー!」
また声をあげて呼びかけるけど、返答はない。ロディかエルマが出す炎はまだ燃えているのが見えるし、後ろでは遠くでまだラスが戦っている。私にできるのは足を動かしてテオを探すことだけだ。
私はまた走り出した。コトがぴょんと私の肩から跳んで前を走る。不思議と行き先が同じで私はコトを追うようにテオの家へ急いだ。
黄金の穂が広がる畑に一番近い建物に私は辿り着いた。コトが方向を変えて狭い路地に入るから私も慌てて追いかけて続く。納屋のような小さな建物の横で、誰かが倒れていた。赤毛と、服にべったりと赤黒いものがついていて私は思わず息を呑んで一瞬足を止めた。
「テオ!」
慌てて駆け寄って顔を覗き込む。目を閉じたテオを揺さぶって私は彼の名前を呼び続けた。服にべっとりとついたものは明らかに血臭を放っていて、私の頭の中を最悪の展開が駆け巡る。一体どうしてこんな、こんなことに。
コトが私の肩に再度飛び乗るけれど、私はそれどころではなかった。目の前が滲んでいく。エルマが必死に村を守ってくれているのに、どうしてテオがこんなところで倒れているのか。
「ん……」
テオが呻いた気がして私は揺さぶる手を止めた。耳を彼の口元へ寄せれば呼吸をしている。私は彼の頬をぺちぺちと叩いた。
「テオ!」
テオは唸って目を開けた。ぼんやりした目が私に焦点を合わせて、周囲に動いた。外で倒れていたことの理由に思い当たったのか、テオは突然ガバっと起き上がった。私が慌ててもテオはどこ吹く風で辺りを見回して転がっていた自分の剣を手に取る。
「あいつ、何処に……!」
「テオ……? け、怪我は……?」
恐る恐る問いかけて私もハッとした。テオの服は血まみれではあるものの、何処も裂けたり破れたりしていない。立ち上がった地面にも血が流れ出た形跡はない。テオも怪訝そうに私を見て、自分で自分の服に気が付いてから驚いている様子だった。
「ひっでぇなこりゃ」
オレは平気だ、とテオは私を見て笑った。
「こっちまで魔物が入って来てんのを見つけたから追い返そうと思ったんだ。こんなとこに追い込んじまったけど……そいつと一騎打ちっつうか、こんな狭いとこでやりあう羽目になっちまって……」
魔物に圧し負け地面に倒され圧し掛かられて、もう駄目だと思ったとテオは言う。視界を夜のような暗さが覆ったのを最後に、其処で意識は途切れた。目覚めれば私が泣きながら名前を呼んでいて、服にはべったりと血がついていたと言う。
「何があったかオレにもわかんねぇけど、オレは怪我ひとつしてねぇよ。それより村は、エルマはどうしてる」
無事だよ、と私も答えた。ホッと胸を撫で下ろしたテオに、村の人々は村長の家に集まっていると伝えると、複雑そうな表情を浮かべる。
「エルマもか?」
「エルマはロディと一緒。畑の外で魔物が来られないように、魔法で守ってくれてるよ」
テオはまた複雑そうな表情を浮かべた。その理由は分からないけど、無事で良かったと私は笑う。二人で連れ立ってひとまず路地を出て村長の家へ向かうことにして、私たちは足を進めた。




