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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
1章 炎の魔女

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14 ラフカ村の危機ですが


「いやぁ、やっぱりラスの剣技は凄いなぁ」


 ロディが馬上でラスを褒めるのを聞きながら私たちはラフカ村へと向けて進んでいた。


「あんな怖い顔した魔物に怯まず一撃だもんなぁ」


「あんたが人のことを褒めるなんて気持ち悪いね。何かあった?」


 ひどいなぁ、とロディは笑う。私は二人のやり取りを微笑ましく思いながら聞いていた。


「ボクはこれでも本当に凄いと思っているんだよ? ついてきてもらって良かったな、と思っているんだ。もちろんライラも。ボクらは奪うだけ奪って鎮魂することはできないからね。ボクだけではこの依頼はこなせなかった」


 穏やかないつもの笑みを浮かべているだろうロディに、私はふるふると(かぶり)を振った。確かに求められて鎮魂の歌をロディの風に乗せてもらっては来たけれど、魔力のない私の歌がどれだけ効果を発揮したかは判らない。


 大地に生命を流したことに対する謝罪が必要なんだ、とロディは言ってくれた。だからあの森でも歌を頼んだだろう、と。魔術で補助をするから信じて、と。


 ラスは溜息をついた。まだ終わってないよ、と釘を刺すようにラスは答えた。


「報告をして依頼完了の言葉をもらうまではね」


「あ」


 声をあげた私にロディとラスは視線を向ける。私は前方を凝視して少し身を乗り出した。危ないよ、とロディが支えてくれるけれど、私は自分の目で見た物を見失わないように視線を逸らさなかった。


「あの大きな体の魔物が」


 遥か遠くはあるけれど前方を駆けているように見えた。信じられないけれど、行き先は私たちと同じに感じた。


「ラフカ村に……?」


 私の背をぞわりとした悪寒が襲った。ラスが一喝して追い払ったあの魔物の巨体が一目散に村目がけて走っているように見えたからだ。


「なんだって」


 ロディもラスも目を凝らすけれど山育ちの私ほど視力が良いわけではないのか、見つけられないようだった。けれど私は自分の目で見たそれが現実だった時の方が怖い。そう伝えた私の意を汲んで、ロディとラスは馬に合図を出して駆けてくれた。


 馬の脚と魔物の脚、どちらが速いのか私には分からない。私は自分が跨る馬の鬣をそっと握ったまま、嫌な汗が背筋を流れるのを感じて顔を強張らせていた。段々とラフカ村に近づいているはずなのに、魔物との距離は一向に縮まっていない気がした。


「……参ったな」


 ロディの呟く声が私の耳に届いた。続いて鼻についたのは何かが焦げる匂いだ。魔物ばかり見ていた私はハッとして周囲も視界に入れた。


 立ち上る黒煙に、私は息を呑んだ。まさか、村が燃えている?


 丘陵を超えて見えた村に私は目を瞠った。黄金の穂は太陽の光を受けてキラキラと輝いている。魔物に襲撃されたことによる喧騒が村を包んでいるのを感じた。農具を持ち人々が村の中を駆け回っている。けれど一際目立ったのは、村の外れで大きく燃え盛る炎だった。炎の壁に阻まれて巨体の魔物は村に近づけないようだ。けれど諦めるそぶりも見せてはいない。炎の傍には黒髪の少女が杖を構えて立っている――エルマに間違いなかった。


「無茶をするね」


 ロディは笑うけれど、何処か焦りが滲んだ声だった。ラス、とロディは大きな声で呼びかける。


「村の反対側を頼む! あの子はボクが!」


 ラスが片手を挙げて合図し、村の反対側に向けて馬を走らせた。ロディは一旦その場で馬を止め、息をついた。


「ライラ」


 努めて冷静な声で私を呼ぶから、私は振り返って後ろのロディの姿を見ようとした。逆光で表情はよく見えなかったけれど、ロディはいつもの穏やかな表情を浮かべているようだった。


「少しばかり火を迂回してボクはあの子に助力をするよ。キミは馬に乗れたね。ボクを降ろした後、この馬を頼むよ。ラスが道を切り拓いてくれるから、逃げ遅れた人に手を貸してあげて」


 私は頷いた。良い子だ、とロディは笑う。行くよ、と声をかけられて私は前を向くと馬の鬣をそっと掴んだ。


 ロディの合図で馬は炎に向かって走る。炎も横に広がっているわけではない。魔物を囲むように、けれど退路は残して燃え広がっている。それでも魔物は退く気配を見せず、地面を不機嫌そうに蹄で引っ掻きながら鼻先を地面に近づけて匂いを嗅いでいるようだ。


 炎を迂回してロディは畑に近づく。なるべく畑には入らないようにしながらエルマの元へロディは駆けた。


「エルマ」


 杖を構え、赤く輝く宝石を通して炎を生成しているエルマにロディは声をかけた。エルマはロディを見上げた。その頬を汗が流れる。目元は髪の毛で見えないけれど、かなり消耗しているようで息が上がっていた。


「ボクが陣を描いて肩代わりをしよう。キミは見よう見まねで良いから陣を描いてごらん。運が良ければそこから火を出せるよ」


 ロディは馬から降りてエルマの横に立つと素早く杖で地面に魔方陣を描いた。


「本来ならもっと時間をかけるんだよ。けれど戦闘の際は即席で何とかしないといけない。呪文詠唱よりは陣の方が幾分成功しやすいからね。実戦形式で負担をかけるけど、やってごらん」


 ロディがとん、と杖で陣を叩くと陣から炎が上がった。エルマが生成したのと同等の炎が広がり、エルマの炎を飲み込むように覆っていく。それに励まされたのかエルマは炎を生成するのをやめ、肩で大きく息をした後に杖に縋るようにしながら地面に陣を描いていく。それを優しく見守るロディに目配せされ、私は頷くとロディが座っていたところに位置をずらし、鐙に足をかけた。馬の背を優しくぽんぽんと叩いて騎手が変わったことを教え、合図を出して村の中へ走った。


 村のあちこちでは怯えた住民が農具を手に何処へ逃げたものかと相談していた。


「もしもの時のための避難場所は?」


 私が尋ねると村の人たちは顔を見合わせた。どうやらエルマが炎を放つ先にあるらしい。ひとまずは少し離れたところにある村長の家に集まることになっているようで、私は村の動ける人に率先してご高齢の方や子どもに手を貸すよう依頼した。私自身もあちこちを回って動けない人はいないかを確認した。


「冒険者さん、この村はどうなってしまうんだ。畑は」


 村長の家に村人を集め、ラスかロディの誰かが来てくれるのを待ちながら私は大丈夫、とみんなを励ました。


「私と来てくれた二人はとても強いんですから。畑も無事ですよ。私が来た時、元気に輝いていました」


 話ながら私はテオの姿が見えないことに気が付いた。こういう時に真っ先に動いていそうな彼のことを村人に尋ねても、誰も知らないと首を振った。


「まだ村の何処かにいるのかも。私、見てきます」


 馬を頼んで私は村に引き返した。ラスのものと思われる剣戟や雄叫びが聞こえてくる。反対を見れば炎はまだ上がっていて戦闘は続いているようだ。


 私はひとまずテオの小屋に向かって走り出した。




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