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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
14章 占星の申し子

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3 惨劇の戦場ですが


「……ひどい……」


 私は思わず口を片手で覆う。黒煙に、壊された関所に近づくにつれ私にもオユンが見ていたものと同じ光景が見えるようになっていた。


 関所は長く高い石の壁で明確に境界を主張していたのだろう。唯一と言っても良さそうな出入り口である扉がある頂上には物見の台が築かれており、遠くからくる魔物や人を報せる役割があったことが窺われた。魔物の場合は其処から弓を射掛け、追い払うこともしていたのかもしれない。今は台の半分が壊され、其処から向こう、ナンテンの国が広がっているのが見えた。


 風通しの良くなった関所では黒煙が上がり、青空へ高く吸い込まれていくようだ。今はまだ遠い悲鳴が此処にまで聞こえてくる。雄叫びと金属の武器が硬いものとぶつかり合う鋭い音が紛れもない戦場の緊張を孕んで張り詰めていた。


 関所を守る兵たちは果敢に立ち向かっているものの、魔物の群れには苦戦している。脆い人は既に幾人もの脱落者が出ており、既に何も映さない目が青空を見上げている様子からは顔を背けずにいられなかった。


「魔物は既に向こうへ這入り込んでいるようだね。でも此処で食い止めている兵士たちを見捨てるのも寝覚が悪いし此処を通らないと向こうへはボクらも行けない」


 やれやれとロディは肩を竦めた。悩んでる時間なんてないよ、とラスが既に馬車から飛び降りようとしながらロディに声をかける。


「目の前の魔物は話の通じる相手じゃない。追い払う余裕があれば良いけどお互い興奮状態じゃ、まぁ無理さね」


「頭から冷水でも浴びせたら冷静になるんじゃないかい?」


「そんなので止まると思う?」


 ラスは今度こそロディを見もせずに問い、無理だろうね、とロディは笑みの消えた表情で答えた。ぞくりとするほど冷たい表情に私は知らず息を呑む。戦場へ降り立つ前の二人は軽口を叩きながらも神経は既に研ぎ澄ませていた。少しでも油断したり気を緩めたりすれば自分が怪我を負いかねない。そういう場所なのだと私は改めて感じた。


「あそこで曲がる! 飛び出すなら勝手にしてよ!」


 セシルの声に呼応するようにラスが飛び出し、ロディが続いた。気をつけて、と私は言い損ねたまま二人がいなくなった空白を見つめる。


 二人が降りてすぐ、ロディの炎の魔法が炸裂した。凄い、とオユンが興奮した様子で声をあげるのが聴こえる。


「ツァルツァーの群れが炎に巻かれて……! 魔法って凄いのね! 一瞬であんなに……!」


 う、とオユンはすぐに呻いた。焼かれた魔物の匂いが辺りに立ち込める。その匂いは馬車が進むごとにひどくなった。人の血と、汗と、脂肪の匂い。魔物の体液の匂い。火薬とそれらが入り混じって吐き気がしそうだ。


 こんなにひどい戦場は今まで訪れたことがなかった。見た光景で近いものとすればフェデレーヴの女王に依頼されたポンセと渡った誰も行けないという少年の夢だったけれど、夢の中では匂いがなかった。あそこまでの惨劇ではないと言えるかもしれないけれど、此処も充分な惨状だ。あの場所で五感が機能していたなら、匂いはこんなものではないのだろう。


 コトとジャッドは二匹とも尻尾の毛を逆立てている。私はコトに鞄に入るよう促した。ジャッドも入ろうと思えば入れるけれど、ジャッド自身が拒否する。私は布の端切れを取り出すと御者台にいるオユンに二枚手渡した。


「少しは軽減されると思う! 私たちは怪我をしている人を助けないと!」


 自分の鼻と口の周りを同じ端切れで覆い、頭の後ろで縛る。馬車は魔物の通り道となっている壊された部分を通ることはできない。だからといって関所が開いているはずもなく、私たちは走れる場所を選びながら怪我人がいないか──正確には息のある人がいないか──探して移動した。


「代わって」


 セシルが手綱をオユンに渡したようだ。え、と驚いた声をあげながらもオユンはしっかりと手綱を握り、馬車を操る。迫り来るホルホイの群れにセシルが対応しようと動いたらしい。


「話を聞く気がないなら、僕だって相応の態度を取るよ」


 セシルの喚び出した湖の主が宙を舞い、大きく威嚇すると同時に雨を降らせた。晴れた空に雲はかかっていないから、湖の主がもたらした水なのだろう。ブン、と音をさせ振り上げられた尾は何もない地面を刺し、ジャランフルトは弱った様子で逃げ出す。水が苦手なのだろうか。本来はもっと乾いた場所に生息する魔物なのかもしれない。空気も乾燥している今日のような日に突然雨が降るなど予想していなかっただろう。


「はぁ、はぁ……っ」


 セシルはまだ主を喚び出すと体力の消耗が激しいようだ。そう何度も喚べるようなものでもないのだろう。いざという時は私もバフルに頼んで出なくては──そう、思って幌から顔を出して外を窺おうとしたら。


「はは! 多少は腕に覚えのある者がいるのか? 良い、良い! 魔王様の足跡を辿るばかりのつまらん任務かと思ったが中々どうして腕が鳴るな! 聞けば此処は死者を使役する国! (ほふ)るだけ軍勢が増えると期待したのに一向に出てこんではないかと退屈しておったところだ! さぁ、儂と遊んでくれ!」


 頭上で威勢の良い声が聞こえて私は無意識に視線を向けた。


 人、に見えた。長い槍を片手に持ち、くるりと回りながら地面に向かって降りてくる。遥か上空では大きな両翼を広げた鳥が旋回しているのが見えた。あの鳥に乗っていたのだろうか。そうして飛び降りてきた。あの高さから恐れず飛び降りるならそれは、ただの人ではない。


 ダンッ、と大きな音と衝撃をさせてその人物は地面に降り立った。怪我ひとつなく立ち上がる姿は年若い青年に見えた。人の(かたち)をしているからといってそれを鵜呑みにできないのはロゴリの村で私は学んでいる。燃えるような赤い髪は短く刈られており、戦闘の邪魔になるものを削ぎ落としたように見えた。ギロリと周りを睨むように見渡す目は爛々と輝いており、血に飢えている様子だ。強者を求め戦場を駆け回る、そんな躍動を感じる。


「我が名はエンキ! 魔王軍がひとつ、紅蓮の隊を率いる者! さぁ、一戦交えよう!」


 吼えるような名乗りに空気が震えるのを、私はただ見つめる(ほか)なかった。



2025/05/04の夕方:改行ミスってたところや細かい部分を修正しました! 読みやすくなっていれば幸い!

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