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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
1章 炎の魔女

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13 魔物を誘き出したのですが


 ラスが乗ってきた馬を少し離れたところに繋いでロディの風の護りをかけてもらう。私は馬に触れて大丈夫と囁きながらゆっくりと撫でた。そよそよと馬の(たてがみ)を揺らす風と努めて落ち着いて声をかける私に、馬も落ち着いているのか鼻を鳴らす。うん、と私は頷いた。


「少しだけ待っていてね。ラスがすぐに終わらせてくれるから」


 魔物使いの適性が“それなり”にあるといっても、私に魔物や動物の声を言葉として聞く力はない。動物とは寄り添って語りかけて愛情を持ってお世話をすることでしか距離を縮められない。相手の気性や性格にも依存する。この子は大人しく聞きわけが良い。人に慣れている。


 ゆっくりと離れて私はロディの元に走った。馬上から私を軽々と引っ張り上げてロディはまた自分の前に私を座らせてくれる。


「今回はかなり速度を出す予定でいるから、ライラ、ボクに背を預けてくれるかな」


 後ろからロディが私に言う。風の抵抗を少しでも減らすために姿勢は前傾で、なるべくぴたりと隙間を生まないようにした方が良いのは私でも分かるから、私は頷いた。


「よし――行くよ」


 ロディが息だけで笑んだのが分かった。ロディの足をかけた(あぶみ)が馬に合図を出して馬が足を出す。私は上下に揺れるのに合わせ、馬の鬣をそっと掴んでバランスを取った。


 ラスが待つ草原を抜けて背の高い草原へと足を踏み入れる。私の足首あたりを植物の先が撫でていくのを感じながら、私は目を凝らして魔物の姿を探した。


 ゆったりと散策するような速度で馬は歩を進める。空腹の魔物は雑食だ。大きな獲物をこれまで獲ったことがあるかは分からないけれど、あの巨体の魔物とも行動を共にするなら全くないとは考えられない。作物の根や地中の小さな虫だけで彼らの空腹が満たされるとは思えないからだ。


 あまり認めたくはないけど、私達は囮だ。正確には今、私達を乗せてくれるこの()が。


 地面の振動も、自分達のとは異なる蹄の音も、人間の匂いも、彼らは感じることだろう。普段ならきっと警戒して顔を出さないとしても、空腹と食事を妨害されたことへの苛立ちで変化があるかもしれない。私達はその可能性に賭けている。


 何処から出て来るかも分からない。警告はなく突然狩りが始まるだろう。生き物の狩りとはそういうものだと、森に入る機会の多いアンクおじさんが教えてくれたことがある。森で木を切っていればそういう場面に思いがけず出くわすこともある。森の泉で歌の練習をすることが多かった私を案じて、驚かないようにと教えてくれた。


 慌てる方が相手を刺激してしまう。特に自分が狩られる側ではなかったのに、急に対象にされてしまうことになる。冷静に相手を観察すること。それは自分が狩られる側になった時も同様だ。そして可能なら、逃げること。


 今回も同じだ。違うのは、わざと近づいて誘き出すこと。そしてその命を、こちらが狩ること。やらなければ私達が、そしていずれはラフカ村が被害に遭うことになる。


「ライラ、集中しすぎだよ」


 苦笑するようにロディが耳元で囁いた。私は驚いて飛び上がるところだった。


「警戒心が漏れてる。それじゃ向こうも近寄ってこない」


 ロディの言葉に私は目を(しばたた)いた。ロディの言うことは頭では理解できる。けれど集中しなければ襲われても対応できないかもしれない。そう思えばこそどうすれば良いか分からなかった。


「で、でも」


 言い募ろうとした私をロディはまた微苦笑して抱き寄せた。手綱を握りながら、けれど杖を持っていない方の左腕を私の腹部に回す。私は後ろに少し引き寄せられた。


「たとえば」


 ロディがぐっと近づいて、私の背中に彼の胸が当たる。声もさっきより近くで聞こえて、私は何故だか心臓が一度大きく跳ねるような感覚を覚えた。


「こういう風にすれば少しは気が紛れる?」


 一瞬言葉を失った。何も考えられなくなって私は声の出し方も忘れてしまったのかと不安に思った。はは、とロディは私の耳元でまた微苦笑する。


「ごめんごめん、驚かせてしまったかな。でも、ほら――」


 ロディの手が手綱を握り直した。


「――キミが気を緩めてくれたから向こうが好機とばかりに飛び出してきたようだ」


 ロディが(あぶみ)を踏んで馬が駆け出した。ガサガサと周りの植物が不自然に揺れて茶色の耳が見え隠れする。魔物が巣穴から出てきたらしい。


「ライラ、少し屈んで」


 ロディの言う通りできるだけ前傾姿勢を取り、私はバランスを取ることだけに集中した。手綱はロディが握っている。私は落ちないように気を付けることが何より大切だ。ロディが思うように動けるために。


 ロディは私に覆いかぶさるようにぴたりと身を寄せてできるだけ風の抵抗を減らそうとした。魔物に追われながら、ラスが待つ場所へ誘導する。そのためには魔物に追いつかれてはいけない。


 ロディが何か早口で唱えて杖を振る。右手に持った杖を振るからか、そちらの温もりが離れた。かと思えば私の頭上をかすめるように杖の先端にはめ込まれた宝石が通って左側に魔法を放ちもする。


 耳元で風が唸る音とロディの早口の呪文くらいしか聞きとることができない。上下する躍動に合わせて蹄が地面を削る音もするはずなのだけれど、それよりも衝撃の方が大きかった。


「ラス!」


 ロディが声をあげる。背の高い植物が生える草原を抜け、ラスの待つ平地へ私達は出る。ラスは背中の剣を抜いて私達の背後に狙いを定めていた。


「はあぁぁぁっ!」


 一閃、刃が陽の光に煌めいたのが視界の隅に見えた気がした。肉や骨を断つ音と魔物の断末魔が(こだま)する。ロディはそのまま馬を止めず先まで駆けた。ラスなら手助けなど必要なく、自分の役目を全うするだろうと信じて疑っていないかのようだった。そのままラスの馬を繋いだところまで行ってロディは馬を止めた。


「頑張ったね、ライラ。ラスの馬を連れてきてくれるかな。村に帰ってテオとエルマに報告しよう」


 いつもの優しい声だった。私がロディを見上げると、いつもの穏やかな笑顔が見下ろしている。私は何処かホッとしながら頷いて、ロディと乗っていた馬から降りると繋いだ馬に駆け寄った。




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