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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
13章 朝露の別れ路

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18 衣の材料ですが


「こんなに暗いところでツァガーンの衣なんて見つかるのかな」


 弱音じゃなくて、単純な疑問、とオユンが慌てて訂正するのを私とバルは否定しなかった。オユンの声は強がっているようには聞こえなかったから。バルはそうだなと肯定して考える。


「白という色は僅かな灯りでもあれば浮かび上がるものだ。きっと見つかる。どんなものか見当もつかないが」


「何か伝説に残っていないの?」


 先祖が狼だったという伝説が残るとオユンが話してくれたことを思い出して私は尋ねた。うーん、と二人とも首を傾げる。


「真っ白な毛並みを持つ(つがい)だったから婚礼の時に花嫁は白い衣を身につけるのが伝統だけど……」


「ツァガーンの衣それ自体の逸話はあまり伝わっていないんだ。マナンの洞窟の最下層にあると言われている程度で」


 オユンとバルは二人して顔を見合わせた。そう考えると、本当にあるのか怪しくなってきた、とオユンが表情を曇らせる。


「ないならないで良い。女衆に習って編み物を習得するのも良いな。俺が繕おう」


「バルが?」


 オユンの驚いた顔と声にバルは得意そうに笑う。そうだ、と頷いて楽しそうじゃないかと続けた。


「細い糸から様々な物を作り出すあの技は凄いと思っていてな。オユンは知らないか。俺は結構、編み物をする様子を見るのが好きな子どもだった。稽古の暇を見つけては、仕事の合間を縫っては、よく見に行っていた」


 外に行くようになってからはそんな機会も減ったが、とバルは息を零す。


「これまで女の仕事とされていたが男にだってできるはずだ。特にドルマーは苦手だろう。俺ができるようになっておいても損はない」


「待って。姉さんとの結婚がもう決まっているみたいな言い方しないで。あたしはまだ認めてないんだから」


「手厳しいな」


「口を開けばすぐ姉さんと一緒になったように話すんだもの。その手には乗らないからね」


 オユンの指摘にバルは笑う。彼がただただドルマーのことを好きでいることにオユンもきっともう、気づいている。けれどそれを認めるにはツァガーンの衣が必要で、オユンはただ理由を探しているのだと私は思った。ドルマーも自分の想いを口にしないし、そっくりな姉妹だと思えばバルが微笑むのも納得だ。


「何にしても白いものを探すしかないのかな。毛皮ってことはないだろうし……見てきたものは何もかも白くはないし……」


 オユンが話を戻して考え込む。あ、と私は足を止めた。バルとオユンが私を見てどうしたと目で訴えた。


「……白い糸なら、見たわ。あなたたちもそう。まさかあれを()って衣を編むの……?」


 まさか、という思いのままそれでも口を開けばバルとオユンも気づいたのか瞠目した。同じ思いが渦巻いているのが暗い場所でも見えるようだった。


「蜘蛛の糸で紡いだ衣をツァガーンの衣と呼ぶのかもしれないわ」


 動物の毛糸とは異なる糸で紡いだ衣はどのような肌触りになるだろう。毒に侵される可能性はないのだろうか。あれはただの蜘蛛ではない。魔物の蜘蛛だ。糸そのものに毒が仕込まれていることも考えられる。撚る人も紡ぐ人も編む人も着る人も無事である保証はない。


「あれだけの繭玉を持って帰ったらそりゃ結構な糸ができるだろうけど」


 オユンは眉を顰めた。それを纏う姉の身を思えばそうなるのも無理はない。


「繭玉は大体が卵嚢だろう。運んでいる最中に孵化することも考えられるし、何より卵を盗み出す俺たちを見逃すはずもない」


 バルが考えられる危険性を挙げた。私の通ってきた繭のような糸の層に蜘蛛の卵はついていなかったけれど、バフルの水が保護してくれていたから判らなかっただけかもしれない。もしもそうなら、水で駄目にしてしまっただろうか。でもあの時はそうしなければ私は蜘蛛たちが生きていくための養分になっていた。


「俺たちの都合で卵を奪い去るのは良くないだろう」


 生きるのに必要な行動ではなく、ないならないで構わないもの。その蜘蛛が外に出て暮らす人々に害なすこともなく、ただこの暗い洞窟の最下層でひっそりと生きているだけ。バルの言うことも(もっと)もで、私たちは何となく意気消沈した。


 他の命を頂きながら自分の命を繋ぐ私たちだからこそ、それを強く感じさせる生き方をしている彼らだからこそ、選べないことがある。名前だけが伝わる伝説の裏にはそういった思いもあったのかもしれない。


「……でも、ライラが出てきたところの繭玉なら良いんじゃない? 蜘蛛たちも出てこなかったし、壊しはしても駄目にはならなかったってことでしょ。少しだけ持ち帰れば、最下層まで来た証拠にもなる」


「オユン」


 バルが咎めるような声を出したけれど、オユンも引かなかった。


「バルの言ってることも分かる。でも、姉さんが婚礼を上げるならツァガーンの衣が良い。……姉さんが、バルと一緒に歩くなら」


「……」


 目を伏せてそう言うオユンにバルもそれ以上は強く言えなかった様子だった。はぁ、と息を吐いて分かったと受け入れる。


「俺も甘いな。だが本当に少しだけだ。それで満足すると約束してくれ」


「……約束する。多分、姉さんにも怒られるし」


 オユンの言葉にバルは安堵したように息を零す。それからそうだなとオユンの言葉に同意し、二人で叱られようと優しい眼差しを向けた。


「お前が無事に戻ることが何よりだ。土産話は帰ってから沢山してやれば良い」


 バルがオユンの背を軽く叩く。


「俺たちがツァガーンの衣になる糸を見つけたのは、事実だからな」


 二人の冒険は目的のものの目星をつけたことで終わりへと折り返した。



先週はお休みを頂きました、ありがとうございました。

一週間前の今日、祖母の容態が急に悪化して救急搬送したと連絡が入り、片道三時間くらいの道のりを高速ぶっ飛ばして駆けつけたのが何だか遠い昔のことのようです。まだたった一週間前。

それでも90歳の大往生、親族が本州から駆けつけて来るのも待ち、面会時間を過ぎても無理言って全員を病室に置かせてもらい、十数分後には全員に見守られながら永遠のお休みをするという祖母の豪運っぷりには驚かされます。誰も帰らなければ良かったなんていう後悔をさせない、そんな優しさを感じました。


自分の中にあるだけなら過ぎ去らず、ずっと一緒にあるような気がするのに言葉にしなければ誰とも共有ができない。話す度に祖母を過去に置き去っていくような心地がしますが、きっとそんなことはなく。こうして残された者は自分の時間を進んでいくのだと四度経験して思うのです。


来週からはまたちゃんと毎週更新したい所存です。まぁ、相変わらずの自転車操業なんですけど。笑

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