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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
13章 朝露の別れ路

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1 バルの求婚ですが


 ドルマーは勘違いをしていた。そして私たちも。


 バルを仇のように睨むオユンにバルの方は困った様子だ。ドルマーはぽかんとしてオユンとバルとを交互に見ている。


 簡単なことだとばかりに思っているのはロディだけのようだ。私も、ラスもドルマーと同じような反応だしセシルは興味がなさそうに息を吐いている。


「ツァガーンの衣なんて、マナンの洞窟まで行かなきゃならないじゃないか。いくらアンタの言うことを聞くと言っても限度ってもんが……」


 窘めようとしたドルマーをオユンはバルに向けていたのと同じような視線を向けて黙らせた。う、とドルマーがたじろぐ。言葉にならなかった分をはぁと溜息にして、ドルジが何て言うか、とドルマーは頭を振った。


「アタシはてっきりアンタはバルを好きなんだとばかり……」


 ドルマーが呟くように言ったことにバルが苦笑して否定した。


「いや、それはないな。オユンはずっとこんな感じだ」


「ちょっと!」


 バルとドルマーが困惑した視線を交わすのを見てオユンは声をあげる。なるほど、とロディが小さく笑った。私もこの調子のオユンを見ればバルとドルマーの視点では見えるものも違うと思う。ドルマーにはバルを取られまいとしているように見えただろうし、バルにはドルマーを取られまいとしているように見えただろう。


 二人の結婚話が話題にのぼってオユンの表情がスッと消えたのは、姉を慕うがゆえだったのだと知って私は複雑な思いを抱く。私に兄弟はいない。だからこれが微笑ましくもあり、けれど無理難題を要求している雰囲気も感じて止めるべきか、その資格があるかと自問自答してしまうのだ。


 オユンがこうして声高に言えるようになったのはヨキの首を落としたことが理由だ。集落を守るためとはいえあんなに震えて零した涙に見合うものなのだろうか。それを測れるのは彼女以外にないけれど。


「ドルジが許可するならマナンの洞窟に赴こう。強さの証明ができたならオユンも納得するだろうからな。ただ、ドルマー。その心が俺に向かないのでは意味がない。返事はまだ、聞かせてもらえないか」


「……っ!」


 ドルマーは真っ赤になった。集落の人たちも私たちも見ている前でバルがドルマーにそう尋ねるのは、退路を塞ぐ目的もあったのかもしれない。私から見てもドルマーがバルに悪い感情を持っているようには見えなかった。オユンがバルを望んだとしてどうするか、気持ちの答えは出ていなかったようだけれど。


「オユンが言うようにドルマーは強い。女だてらに度胸があり、怯まない。お前が男だったなら俺とは常にこのドナンマノ・イの集落で一、二を巡っていたに違いない。だが俺は、お前が好きだ、ドルマー。お前と争いたくはない」


 ぎゅう、とオユンが私に回す腕に力が入った。私は素敵な光景に目を輝かせていたけれど、オユンに視線を落とす。オユンも二人を見つめながら痛みを堪えるように眉根を寄せていた。その痛みは、ドルマーを取られてしまうという思いからなのだとすれば。


「頭領たる判断力も、前線に出る勇気も、手腕も、充分にある。今までは男が女を守り、そう在るのが自然だった。だがお前となら共に背中を預け合い、助け合っていけると思ったんだ。男も女もなく、この集落で一緒に肩を並べ生きていきたいと俺が思うのはお前だけだ、ドルマー」


 愛の言葉は温かく、真っ直ぐに目の前の人に向けられている。目の前の人から向けられたその想いにドルマーは真っ赤になりながら、でも、と言葉を探している様子だった。バルが息を零す。


「……一生のことだ。返事は急がない。ドルジと相談してくる。マナンの洞窟に立ち寄る間、この集落はいつも通りドルマーに任せる。よろしく頼むぞ」


 バルは踵を返すとドルジがいるのだろう方へと向かった。ドルマーは顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしている。私に回っていたオユンの腕が解け、彼女はバルの後を追って駆け出した。ドルマーはオユンが走って行ったことにも気づかない様子で足元を見つめていた。ラスが彼女の肩を叩く。


「さて、何を言われるやら」


 ロディが楽しむような口振りでそう呟くから私は彼へ視線を向けた。何だい、とロディはにっこりと笑って私を向くけれど、私はふるふると首を振って尋ねなかった。訊いても答えてもらえなさそうだと感じたからだ。それに私の中にある気持ちにも名前がつかない。


 集落の出発はまだ少し遅れそうだ。バル抜きで移動して、バルはオユンの要求通りにマナンの洞窟とやらへ向かうのだろう。その間の集落はドルマーを始めとした魔物使いが護衛を務めることになり、私たちは。


「……私たちは、どうするの?」


 私の問いかけにロディは微笑んだ。キミが行きたいところに行こうか、なんて冗談とも本気ともつかない様子で返すから私は苦笑する。今すぐにというわけではなくても、でも、行きたいところはあるから希望は伝えておくことにした。


「今じゃなくて良いの。でも私、ヨキさんと約束したから。ナンテンの方へ行きたいわ。関所を越えてすぐに村があるんですって。其処にいる人に渡してほしいって頼まれたの」


「分かったよ。皆も反対はしないだろうからね。伝えてこよう」


 歩き出すロディにつられるようにして私も足を出す。背を向けた其処にヨキとトムの横たわる躰がある。此処に置き去られ風に送られるそれとは別の風が吹く方へ私は歩き出した。


 あまり間を置かず、バルについていくと言って聞かないオユンの護衛を頼まれることになるとは夢にも思わずに。



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