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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
1章 炎の魔女

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11 馬上の会話ですが


 ラスとロディが昨日と同じ場所で魔物たちを迎え撃とうとそれぞれの武器を構えるのが此処からでも見て取れた。昨日は暗くてよく分からなかったけれど、今日は陽が昇り始めている。昨日は黒々としていた周りの森も、緑と橙や黄色と鮮やかに彩られているのが分かる。私は周囲を見回して魔物使いの少年がいないか探った。


 彼は今も、あの息苦しい過去に囚われたままなのだろうか。その苦しさを誰でも良いから周りに向けて、ぶつけて、叫んでいるのだろうか。それを解って欲しいときっと望んでいるのに、誰にも解らないと全てを拒絶するように。


 彼が苦しい思いをしてきたことは、彼の言葉や様子から僅かだろうけど感じることができたように私は思う。でもそれを関係がない人達にぶつけるのは違う、はずだ。関係がある人達にぶつけて良いかというとそうじゃないような気もするけど、ラフカ村の人達にもし彼が何かしようとしているなら、それは止めるべきだ。何よりも、彼自身のために。


 関係しているかも分からない。止める権利も義理も私にはないのかもしれない。けれどほんの少しでも彼のことを知ってしまったから、私は知らなかったことにできない。


 私の山育ちの目に魔物使いの少年の姿は認められない。関わっていないのか、それとも遠くで様子を見ているのか。それすらも私には分からないのに。


 ラスが雄叫びをあげるのが聞こえた。びりびりと空気を震わせるその声に、私を通り越して村の人達を起こすのではと心配になる。魔物達は昨日と同じく怯んで背を向けて走り出した。その後をロディが少し追う。少し行って足を止めてロディは戻ってくる。


 ラスとロディが連れだって私のところまで戻って来た。私が首を傾げると、ラスは目を細めて魔物達が逃げていった方向へ顔を向けた。


「足跡がちゃんと残ってるから、これからあれを追う。馬を連れてくるよ。もしテオとエルマが起きてたら声をかけてくる。何時に戻ってこられるか分からないからね」


 言い残してラスは馬を繋いでいたところへ走っていく。村の人達が様子を窺うように窓や扉を開けるが、外には出てこない。ロディがそんな彼らを見ながら目を細めるのを私は目撃していた。


「ロディ?」


「うん? どうしたんだい、ライラ」


 ロディがこちらを見た時にはいつもの優しい穏やかな眼差しで、私は少し胸の奥が痛くなるのを感じた。ううん、と私も心の奥に秘密を隠してロディがさっきまで見ていたものに視線を向ける。村人たちの表情までは分からないけど、きっと不安そうにこっちを窺っているのだろう。テオやエルマのことを思えば複雑だけど、そんな村を守って欲しいと言ってきたのは彼らだから、私達は彼らの依頼に応えるために動くほかない。


 この村の人達は働き者だ。だから朝陽と共に起きて畑仕事のために外へ出る準備をする。ラスが雄叫びをあげようがあげまいが、陽が昇れば起きてきただろう。そんな村人達がいつもの毎日を送れるように、私達は奔走するのだ。


 そこへ馬に乗ったラスが戻って来た。


「テオとエルマも起きてたから言ってきたよ。でも村の外までは守りきれる保証がないから連れて行けないことも言った。討伐に一日はかからないだろうけど、何かあっても二日以内には戻ってくると伝えてある」


 馬を止めると同時にラスは言う。目はもう魔物達が去って行った方角を見ていた。もう一頭の馬の手綱を渡されながらロディは肯定する。


「妥当なところだろうね。魔物の体力なんかを考慮しても一日以上かけて移動するとは考えにくい。巣にどのくらいの数がいるかによるけど、何も一度で壊滅状態にするわけじゃないし、少し日がかかっても村への被害は出ないだろうし」


 あの大きいのがいると厄介だけど、とロディは苦笑したがラスもロディもあまり深刻には捉えていないようだった。ラスの雄叫びで怯む魔物なら確かにこの二人の敵ではないのかもしれないと私も心の中で思う。


「さぁ、ライラ」


 この村へ来た時と同様に、ロディは自分の前に私を座らせるために手を差し出してくれた。さっきのことはまるで何もなかったように振る舞っているけど、ロディが気付かなかった筈はない。それでもそう振る舞うのは、今がそれどころではないと解っているから。私だって、解っている。


 私はロディの手を取って馬に跨った。大きな男の人のロディの手は私を軽々と支えて馬に乗せてくれる。私が乗るのを見届けてラスが馬を進めた。ロディも手綱を取って馬の歩を進める。地面に残されたいくつもの蹄の後を追いかけ、私達は出発した。


「――何か怒っているのかい、ライラ」


 耳元で話しかけられ、私は身を強張らせた。昨日、落馬しかけたことを思い出して振り向くような真似はしないけれど、そうすると答える方法がなくて私は困惑から口を噤む。

怒っているかも自分では分からなかった。怒っていないと言うほど気分は晴れやかではないけれど、怒っていると言うほど昂ってもいない。何かモヤモヤした説明できなさを抱えている、というのが的確な気がした。


「いや……怒っているのはボクの方かな」


 返答を求めているのか分からないロディの言葉に、私はまた何と返して良いか分からず口を噤んだままだった。耳元でロディが私にだけ聞こえるようになのか、思いついたままなのか判らない音量で言葉を続けた。


「キミは知っているかな。テオとエルマがあの村でどういう立場に立たされているのか。ボクは昨夜、招かれた先で知ってしまった。それに年甲斐もなく怒っているんだ。村の人達にね」


 昨夜ラスからロディは頭を冷やすために散歩をしていると聞いたことが蘇った。村長の家で二人が何を聞いたのかは私には分からない。でもきっと、エルマが話してくれたことと同じようなことを聞いたのだと思う。それを、大人の視線と言葉で。エルマやテオは知る由もないことももしかしたら聞いたのかもしれない。でもそれを面と向かってぶつけるような真似はせず、ロディは自分の中で収めようとしているのだろう。


「知らないというのは、こんなにも罪深いものなんだとボクは改めて気づいたんだ。誰も教えてくれる人がいないなら村に責められる謂れはないのかもしれない。けれど、知る努力さえしないでいる村に本当に咎はないのかと言ったら……ボクには分からない」


 ぽつりと落とされる言葉ひとつひとつにはロディの苦悩が滲んでいて、私は余計に言葉を失っていくばかりだった。その端々から村全体の様相が見えるのに、どっちの側に立てば良いのかが分からない。でも、迷うことなんてもしかしたらないのかもしれない。


「未熟者だね」


 ロディは小さく笑った。


「ボクは導く側に立っているというのに、どうにも迷ってばかりだ。ボクの思う当然とボク以外が共有する当然が同じじゃない時、そういうこともある、と回避し続けてきた罰かもしれないね」


 また、罰だ、と私は眉根を寄せた。エルマも罰だと言っていた。まるでそれが悪いことであるかのようにエルマもロディも罰と口にする。


 私は首を振った。言葉が出なくても、ロディに伝わって欲しいと願う。それは決して罰なんかじゃない。


「優しいからだわ」


 首だけ精一杯ロディに向けて私は言う。昨日とは違って纏めていない私の長い髪の毛は風に持って行かれてロディの視界を塞いでいるのではないかと思うけど、ロディは私に耳を寄せて言葉を聞きとろうとしてくれた。


「貴方が優しいからそう思うだけで、罰だなんて思わない。人の優しさを罰だと呼ぶなんて、私は知らないもの。私は自分の目で見て会って話したテオとエルマを信じてる。あんなに村のことを思って助けてほしいと言うのだから、どんな立場に立たされていても村を悪くは思っていないわ。だから私達も、あの二人の依頼を受けたからにはあの二人を受け容れて信じていくしかないの」


 迷うことはない。依頼人の二人についていくほかにないのだから。間違ったことをしていないなら、尚更に。


 くす、とロディが私の耳元で笑った。そうだね、と優しい声で同意してくれる。本当に思ってくれたかは分からない。けれど、少しでも彼を惑わすものを取り払えたなら嬉しい。


「ボクは魔術師だから、新米魔術師の肩を持つことにするよ」


 少し振り切れたようなロディの声に、私は思わず笑みをこぼした。



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