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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
12章 瞬きの現し身

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20 奔走ですが


「ヨキ……さん……っ」


 言葉の形を成さないヨキの口から漏れた声は、嘆きだった。次いで、咆哮のような様相に私は咄嗟に判断をし損ねる。


 私の手を取った彼の冷たい手が離れ、喉笛に伸ばされた。本能で仰け反ってそれを避け、やっと私は足を後ろに下げる。ハルンに教わった舞踏のステップで手が届かない場所へ距離を取って彼をじっと見つめた。


 怯えた様子を見せた彼が私に手を伸ばした時、其処にもう同じ色はなかった。抑え込んで、掴み取って、そしてどうするつもりだったのだろう。彼は一体、どうしたのだろう。


 薄暗いテントの中で彼の目は僅かな光を反射して金色に光っている。胡桃色の目が金色に光ることなんてあるだろうか。それに私はこの色を知っている。ウルスリーの村でも、此処の集落でも見た、色。


 ……恐らくは魔物と交わった特徴。


 誰にも確かめてはいないけれど、そうなのではないかと直感した。望もうと望ままいと、魔物の要素が体に入った人の表面に出てくる色なのだとすれば。


 ヨキは座り込んでいた其処から立ち上がろうとして、バランスを崩した。その拍子に打ち付けた体は妙な方向にひしゃげ、指先は地面に落ちる。私は息を呑んだ。


「貴方が……トムの……?」


 一体、いつ。考えてあの時しかないと私は思い至る。最初に彼を助けた時。あの時には既にトムの毒を流し込まれていたとしたなら。


 トムは彼を追い、この集落を何度も襲ったのだろうか。トムの習性を知らなかったとはいえ、バルもトムが人を道標にするとは思いもよらなかっただろうこととはいえ、この集落を危険に晒したのは彼を助け、連れてきた私たちだ。でも、だからといって見捨てるなんてできるはずがなくて。


 けれど、それを知った今なら。私がすべきことは。


 私はナイフを取り出した。こんな、果物ナイフで何ができるだろう。とても人の首を落とすなんてことはできそうにない。でも此処で食い止めなければ。見失ったり彼が避難している中央へ向かったりするようなことになれば被害は大きくなるかもしれない。気づいた今、此処で。私がやらなくては。


 彼は、知っていたのだろうか。自分がそうだと覚えていて、けれどどうすべきかは判らなくて。いや、ヨキはトムのことさえ初めて見たのだ。あんな魔物がいるなんて、と言っていた。トムの習性も知らず、自分が何をされたかも判らなかっただろう。単純に助かった、と思って。でも罪人だからと何処へ行くべきかは決められなくて。どう生きていくかも、迷っていて。


 私は昨夜の彼を思い出す。あまり眠くない、と言っていた彼は事実そうだったのだろう。眠る必要がなくなっていた。それを私は命を脅かされるような経験をしたせいだと思っていて。気づくことはできただろうか。でも、気づいたとして私にできたことは、あっただろうか。


「ぐぁ……あぁ……」


 ヨキは地面に転がったまま呻いている。落ちた指先は腐っているようだ。靴の中で足先も同じようになっていて立ち上がれないのかもしれない。トムの毒はいつまで、その体を動かすのだろう。彼に、意識は。


 この状態でヨキがテントの外に出ていくことは考えにくい。トムの毒は解毒できないだろうか。指先が腐って落ちたとしても、命を助ける方法はないのだろうか。ドルマーは首を落とす以外にないと思っている様子だったからこの集落に解毒剤はないだろう。でも、ロディなら解毒の方法に辿り着かないだろうか。


「待って、待っててください……! 今、ロディを呼んできますから!」


 ロディはラスと一緒にトムと対峙しているはずだ。その戦闘の最中にロディを抜くことは危険だ。でも、ヨキの命だってかかっている。


 私はテントを抜けて怒声響く方へ向けて走り出した。周囲を警戒している人がヨキの声を捉えてテントの中を覗き込まないとも限らない。そうなった時、それがトムの毒によるものだと見抜かれてしまったらヨキはすぐに首を落とされる可能性がある。急がなくては。


「ロディ!」


 戦闘中の其処へ転がるように駆けた私を、前線には出ていないけれど後衛で万が一に備えている集落の魔物使いたちが驚いた様子で振り向き、飛び込もうとするのを止めた。私はその腕を振り払おうとしながらロディを呼ぶ。ラスもロディもトムと対峙していて私に構っている余裕はなさそうだ。


 バルとドルマーが近くで並び、相棒であるのだろう魔物に指示を飛ばす。バルは何度も笛を吹いているものの、トムが引く様子はない。素朴な音を出す笛はトムにとって忌避すべき音、あるいは旋律といったものなのだろうけれど、今回は撤退しなさそうだ。何かが違うのだ、と私は思う。前回追い払った時と、何かが。


「戦えないなら奥に行ってろ! 邪魔だ!」


 魔物使いたちは私を阻みながら怒鳴った。そうだろう。戦場に、戦う力のない小娘がいても邪魔なだけだ。でも私だって此処で引けない。けれど。


「邪魔しちゃダメよ。そっちに逃げ遅れた人はいないわ」


 後ろからオユンに腕を引っ張られて私は驚いて振り返った。彼女は私が逃げ遅れた人を探しに行ったと思っている。だから戦闘の邪魔をしている私を止めるのは当たり前だ。でも、でも、そうじゃないのに。


「違うのよ、オユン、違うの。ヨキさんが……!」


 否定し、説明しようとする私をオユンは有無を言わせずに引っ張っていく。私はその場に留まることはできず、オユンと一緒に離れる外なかった。


「ヨキさんがトムの毒に……! ロディなら助けてあげられるかもしれないの……!」


 言い募る私にオユンは首を振った。トムの毒は一度注入されれば終わりだと。それが本当だとすればもう、助かることはないと。


「そんな……」


 私が絶望に滲んだ声でそれ以上を続けられないでいるのを、オユンはつらそうに見ていた。



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