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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
1章 炎の魔女

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10 二人を待つ夜ですが


 テオの家で細やかな食事を三人で頂いて、テオとエルマが寝付くのを見守った後、私はラスとロディが帰ってくるのを食卓にかけたまま待っていた。


 二人の荷物は此処に置いたままだし、話に行ったまま帰ってこないようなことはないだろうと思うからだ。けれどもう日付を超える時間で、二人がいつ帰ってくるとも分からない中で待つのは大変だった。


 コトがテーブルの上を歩き回ったり毛づくろいをしたりする様子を見たり、指先でくすぐって構ってみたりしたけれど、私の瞼はさっきから睡魔に防戦一方で全然追い返すことができない。


「遅いね」


 コトに話しかけてみても、リスのような小さな耳をひくひくと動かして一瞬私を見るだけで、すぐに違うことに興味が移って私から視線がそれてしまう。私はまた人差し指を差し出してコトのお腹をくすぐった。


 魔物討伐の話が込み入っているのか、熱烈な歓迎を受けて帰れないのか。泊まっていくように言われているかもしれない。五人で入ると手狭に感じたこの小さな家は、確かに戻ってきても狭くて寝づらいだろう。それなら村長の家で泊まった方が賢明かもしれない。


 それでも戻って来た時に扉を開ける人が必要だ。私は寝ないように、目を必死に閉じないように頑張りながら小声で歌う。囁くような私の歌にコトは耳を澄ませ、尻尾を丸めて伏せた。コトも寝てしまうのかと思いながら、付き合わせるのも可哀想で、私はコトのふさふさな毛並みをゆっくりと撫でる。コトはつぶらな目を閉じて静かに夢の世界へと溶けていった。


 歌い始めて少しした頃、扉をコンコンと叩く音がした。私が椅子から立ち上がって扉の前に行くと、ラスの声が謝ってきた。


「こんな時間まで起きててくれたんだね、ごめん」


 扉を開けるとラスが申し訳なさそうな表情を浮かべていた。ううん、と私は首を振る。眠たくて限界が近かったけど、ラスの顔が見られて良かった。


「ロディは?」


 私がラスの背後を覗き込もうと首を伸ばしても、ロディの姿は見えなかった。あぁ、とラスは少し言い淀んで視線をそらすと、散歩だよと歯切れ悪く答える。


「頭を冷やしたいんだってさ。もう少しすれば帰ってくるよ。

 ……あの二人はもう眠った?」


 声を潜めてラスは問う。とっくに、と私が答えると心なしか安堵したようにラスは微笑んだ。


「そう、朝からヤギニカまで馬で駆けて大変だったろうからね。ゆっくり寝かせてあげよう。

あたしらは早朝にあの魔物達が戻ってこないか、また見張るよ。陽が昇っても魔物が来ないようだったらこっちから巣がある方を検討つけて向かう。足跡が残っているかもしれないからね、それを探すのも兼ねて」


 ラスの言う“あたしら”には私も含まれていて、だからこそ教えてくれたのだと思うと私は少し身が引き締まる思いがした。戦闘では役に立てるとは思えないけど、もしあの魔物使いの少年がいるなら私が此処で待っているわけにはいかない。


「さぁ、ロディの帰りはあたしが待ってるから、あんたはもう眠りなさい。限界って顔してるわよ」


「そんな顔してたかしら」


 私が慌てて顔を覆うように掌を上げるとラスは軽快に笑った。


「あんたも馬で駆けて疲れてるさ。朝まであまり時間はないけど、ちゃんと起こすから早く寝なさい」


 小さい子どもみたいに扱われて私は少し恥じ入りながらテオからもらった毛布に包まって部屋の隅で体を丸めた。狭い小屋に寝具はひとつしかなくて、それはテオとエルマが使っている。私は床で良いから、と毛布だけもらったのだ。


 固い床に薄い毛布でも体は意外に疲れていたようで、睡魔が限界まで襲ってきていたせいもあってか、目を閉じると私はすぐ意識を手放した。次の瞬間にはそろそろ起きないと行くよ、とラスに声をかけられてあっと言う間に経った時間に私は暫し茫然としてしまった。


「疲れているところ悪いね、ライラ。依頼者のテオとエルマのためにも、あの魔物達が戻ってこないか見張っていないといけないんだ」


 いつの間に戻って来たのかロディの声がして、私はそれでやっと一瞬ではなく多少の時間は経っていたことに納得した。軋む体を起こして手早く身支度を整える。冷たい水で顔を洗えば目はすぐに覚めた。


「用意は良い? 魔物が来ないようなら、二人が起きる頃には一旦戻ってくるからね」


 ロディとラスについて行って、私は昨日と同じロディの風の魔法が守ってくれる魔方陣の中でしゃがみ、黄金の穂に隠れた。ただ、今朝はラスとロディも同じ陣の中で一緒に隠れて様子を窺う。段々と白む空に黄金の穂はキラキラと輝いて私は思わず感嘆の息をもらした。


 村の人達が何か月もかけて丹精込めて育てた作物だ。雨の日も風の日も、日照りが続くような日も、村の人達はこの作物を大切に大切に育ててきた。手塩にかけた作物が収穫前に駄目になってしまう苦しさを、大した畑ではなかったけれど私も知っている。同じ思いをしてほしくない。作物を魔物達に荒らさせるわけにはいかない。


 私は山育ちの遠くまで見渡せる目で周囲を窺った。昨夜、魔物が逃げていった方角の地面の向こうから、まだ小さな点のようなものが現れるのを私は認める。


「……来た」

 私が告げるとラスとロディに緊張が走るのが伝わってきた。ラスは背中の剣の具合を確かめるように身動(みじろ)ぎし、ロディは小さく笑う。此処にいるんだよ、と言い置いて二人は魔物達を待ち構えるために魔方陣から出て行った。


 その後ろ姿を見ながら、集中しようと(はや)る心臓を鎮めるために私は胸を抑えた。




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