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3 司祭さまから提案されましたが


 ぐっすりと眠った私は早朝に井戸の冷たい水で顔を洗い、身支度を整え朝食を終えると教会へ向かった。村の人たちが朝のお祈りに訪れる教会で、私はひとり讃美歌を歌う聖歌隊をしている。私ももう子どもという歳ではないけど、聖歌を歌いたがる子どもはいない。そもそもが子どもの少ない村だ。成長すれば村を出て働いて商品という形で村に仕送りをする。魔物が出るせいで帰省は難しいけど、それでも想いが届く。村に残っているのはその親たちがほとんどだ。


 いつも通りに訪れた私に司祭さまが優しくおはようと挨拶をしてくれて、私も同じ挨拶を返す。準備をしているうちに住民たちが集まってきて、朝のお祈りが始まった。今日は教会の後ろの席に冒険者さんたちも座っていた。


 讃美歌を歌う私の声が聖堂に広がった。誰も邪魔をせず聞いてくれるこの環境が、私にとっての舞台だ。ひとりでも歌い続ける私に村の人たちは良くしてくれる。


「今日も素晴らしい歌をありがとう、ライラ」


 お祈りを終えて出て行く前に村の人たちは私に声をかけてくれた。


「ライラが歌うから、ここだけの話、お説教なんて頭に入らないけど来ちゃうんだよな」


 司祭さまに聞こえないように声を潜めて、私の家からは少し離れたところに住む少年のジョージが笑う。彼に歌の適性はなかった。でも体を動かすことには適性があるから、今振るっている鍬や鎌が剣になることもそう遠い未来ではないかもしれない。


「嬉しいけど、ちゃんと聞かなきゃダメよ」


 苦笑する私に、司祭さまが声をかけた。


「ライラ、話がある。こちらへ来なさい」


 ジョージに手を振って私が司祭さまの傍へ行くと、司祭さまの隣にいた冒険者さんたちが私を見た。


「この山を降りたらヤギニカという街がある。城下町ほどではないが、酒場も劇場もそれなりにある大きな街じゃ。山を下ると言っても一日もあれば着くじゃろう。彼らは次にそこを目指すつもりでおるようじゃ。お前もその街まで連れていってもらいなさい」


 突然のことに私は司祭さまの言葉を一度で理解できなかった。


「待って、司祭さまもっかい言って」


 司祭さまはそっくり同じ言葉を繰り返してくれた。どうやら司祭さまは私にこのビレ村を出て行けと言っているらしいと理解して私は目を見開いた。


「え、ど、どうして」


 困惑する私に司祭さまはいつもの調子でほっほと笑った。ふざけている様子はない。


「出生時診断のことは昨日のことのように覚えておる。ライラ、お前は魔力もないし刃物の扱いに長けているわけでもない。ただ歌にのみ秀でた才を持ち、それ以外にめぼしい適性もないためわき目もふらずひたすらに、ひたむきに歌ってきた。大きな街に出て舞台に立てさえすれば恐らく成功する。お前の天職は歌うたい、歌姫じゃ」


 微妙に褒められているのか(けな)されているのか分からないけど、司祭さまの言おうとしていることを何となく察して私は声が出せずにいた。


「この村に若者が少ないことを気にしておるじゃろう。じゃから皆の頼みを聞いて回って手助けしておる。じゃがな、ここに居続ける必要はないんじゃよ、ライラ」


 それは決して不要だと言っているのではなく、紛れも無く私のことを想ってくれている言葉で。


「お前の夢は既に半分叶えることはできないが、もう半分をここで(つい)えさせてしまうのは本意ではない。かといってヤギニカまで無事に送り届けられる者が村にいるわけでもない。次に行商人が来たら交渉してみるつもりじゃったが、先に彼らが来たのでのう。冒険者より頼もしい護衛はおらんじゃろう」


「キミが行くと言うなら僕らは構わない。とても良い歌を聴かせてもらったからね。村の人たちしか聴けないのは少しばかり勿体ないと僕も思う。必ず無事に送り届けよう」


 冒険者の青年が爽やかに笑った。馬車もあるし着くまで中にいても良いと続ける。


「とはいえ僕らができるのは送り届けることまでで、そういった方面にコネがあるわけでもないから自力で何とかしてもらうほかないんだけどね。パロッコなら商人だしあるいはと思ったんだけど」


 青年の後ろから、ごめんねーと女性が声をあげる。


「冒険に必要なもののルートしか入れてないのよ。でも芸術方面のお客さんも捕まえておきたいから、お嬢さんが成功したら足掛かりにするから連絡ちょうだいね」


 ウインクをして悪びれずにあっけらかんとそう言う女性は、仕事の最中だったのか手に値札と羽ペンを持っていた。こら、と青年がたしなめるように言うと女性はぺろっと舌を出した。


「お前ももう大人。この村にいてもお前の人生がただ過ぎていくだけじゃ。このまま残っても、お前にとってつらい日々になっていくじゃろう。なに、追い出そうとしているわけじゃない。行かない選択肢もあるし、行ったとしてもお前の家はここにある。ここが故郷じゃ」


 司祭さまの柔らかい口調で告げられて、私の心は決まりつつあった。恩や情でここに残っても私は歌以外であまり役には立たないから、村の人の厚意に甘えていくことになるだろう。今は両親を亡くしたことで誰も気にしないかもしれないけど、それが何十年と続くとなると確かに私は心苦しくなるに違いない。歳が近い人もいないから、よほど運が良くないと嫁ぐこともないだろう。今この時に冒険者のパーティが通ったことは、もしかしたらとんでもない幸運なのかもしれない。


 不安は残る。知らない街に、知らない人について行ってひとりで交渉しないとならないのだ。でも私の歌を、村の人以外が褒めてくれた。それなら、外の街にだって褒めてくれる人がいるかもしれない。何より両親が沢山教えてくれたもので挑戦しないなんて、もったいない。


「司祭さま、ありがとう。私のことを気にかけてくれて。私、行ってみるわ。私の歌がどこまで通用するか分からないけど、司祭さまが天職だって言ってくれるものだし歌はとても好きだから、挑戦してみる」


 微かに司祭さまが微笑んだ気がした。もじゃもじゃの髭と眉毛で判断は難しいけど。

 冒険者の皆さんに体ごと向けて、私はしっかりとお辞儀をする。


「短い間ですけど、よろしくお願いします」


 はは、と青年が白い歯を見せて笑った。


「こちらこそ、未来の歌姫さん」



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