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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
12章 瞬きの現し身
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11 休息ですが


「初めまして、あたしはオユン。バルの従妹(いとこ)で、ドルマー姉さんの妹」


 ドルマーに言われてオユンを探している、と集落の人に尋ねれば親切に連れて行ってもらった。避難中に見かけた少女は私たちを紹介されると微笑んでそう自己紹介するから、私たちもひとりずつ名乗った。ひとりひとりの目を真っ直ぐに見てオユンは頷く。


「お客さんが来た時に寝床の準備をするのはあたしの仕事なの。先に仲間のひとりを通しているわ。あなたたちももう休む?」


 宴はさっきお開きって連絡が回ったから、とオユンは言う。バルの報せがもう走ったのかと思ったけれど、不安そうな様子はない。彼らたちには日常茶飯事なのだろうか。


 オユンの一瞬、表情が抜け落ちたように見えたあの表情も見られない。やはり見間違いだったのだろう、と私は自分を納得させた。


「仲間……ヨキのことかな」


 ロディは口の中でそう呟き、にこりとオユンへ笑った。折角だからボクはこちらで休もうかな、とロディが言うから私たちも頷く。そう、とオユンはまた微笑んだ。


「魔物が出たけど見回りや警戒は担当制だから大丈夫。ゆっくり休んでね」


「ありがとう」


 手伝わなくて良いだろうかと一瞬考えたけれど、彼らなりのやり方を邪魔しかねない。今日は魔物に追われて逃げたし追い返したりもしているから、ロディやラスを休ませてあげたかった。私がいても役には立たないだろうし、そうするとセシルも起きていると言いかねない。お言葉に甘えてゆっくりさせてもらった方が良いだろうと思った。


 オユンが案内してくれたのは集落のあちこちに建っているのと同じ簡易テントだ。男女で別々のテントになっていて、其処で私とラスはロディとセシルと別れる。おやすみ、と言い合って中に入れば他にお客さんはいないようで二人だけで広々と使えるようになっていた。


「凄い……広い」


 オユンがひとりで建てたとは思えないほどの高さがある。へぇ、とラスも感嘆の息を零してぐるりと首を巡らせた。女性にしては背の高いラスでも余裕だ。横になるために防具を外してラスは敷物の上に腰を下ろした。


「はぁ、何だか色々あったね」


 ラスでもそう思うほど今日は沢山の出来事に出会(でくわ)した。そうね、と肯定して私も腰を下ろす。地面の上に壁や屋根となる丈夫な布を張ってある状態で、地面そのものは剥き出しのままだ。敷物を重ねて敷いて、座ったり横になったりしても体が痛くならないように工夫してある。彼らは慣れているのだろう。私もこの長い旅で野宿は慣れた。外の風が入ってこないだけでも全然違う。


「明日の朝も早そうだ。もう寝ることにするよ。おやすみ」


「お疲れ様、ラス。おやすみなさい」


 防衛の前線に立って任せて大丈夫だと判じたのだろう。ラスは身軽になると早々に横になり、寝息を立て始めた。私は鞄の中で眠るコトを少し撫でる。エノトイースの都は抜けたけれどまだ寒さが残るせいか、コトは眠ることが多いようだ。でも空腹は感じるのか撫でれば目を開いて小さく鳴いた。


「ちょっと待ってね」


 コトのための木の実を集めていた袋を開いていくつか出せば、コトは鞄から出てきて木の実に齧り付く。コトのふさふさ尻尾を撫でて私は食事の風景を眺めた。


「めぇー」


 ラスが眠っていると理解しているかのようにコトは小さく泣く。お利口さんね、と私が笑うとコトの耳が外へ動き、視線もそちらを向いた。


「あ、コト!」


 た、とコトは走り出す。テントの外へ向かって駆け出すから私は慌てて追いかけた。テントの裾を潜るようにコトは飛び出していくから私も急いでテントを出る。


 外ではまだ人が出歩いているものの、宴で見たほどはもういなくなっていた。子どもたちは早々に中へ入れられて、後片付けに大人が出てきているだけのようだ。その道をコトはたったかと走っていく。小さな影を追いながら私は食事の時に囲んだ焚き火のある広間へと向かった。


「もう、コトったら」


 まだお腹が空いていたのだろうか。だから食事の匂いが残るこの場所までやってきたのかと思って私は立ち止まったコトをようやく捕まえた。抵抗せずコトは私の掌に乗り、肩まで駆け上る。お腹が空いているなら木の実はまだあるから、と言いかけて私は人影がぽつんと腰掛けていることに気がついた。向こうもいきなりやってきた私に気づいている様子だ。行こうか留まろうか判断し損ねたように中腰で、こちらを見ているのが月の光で判った。


「……あの」


 ヨキだ。先に休んでいたのだろうに、と思ったけれどロディやセシルが入ってきて気まずくなって出てきたのかもしれない。何となく彼は自分を罪人だと言っていたし、そういった負い目からなのか一歩引いたような態度を取っていた。私でもそれくらいは見ている。


「眠れないんですか?」


 彼も今日は散々な目に遭っている。疲れていないわけはないだろうけれど、そのせいで良くない意味で神経が昂ってしまっているのかもしれない。お互いに気がついてしまった手前、声をかけないのも変かと思って私はそう問いかける。


「あ、あぁ、うん……あんまりその、眠くなくて」


 ヨキはそう答えた。最初に命を危険を感じるほどの状況を体験した夜、私もあまり眠れなかった。それを思い出して私は自分がラスにしてもらったことを思い出す。


「近くに行っても良いですか? 少しお話ししても?」


 そう尋ねたらヨキは予想外とばかりに目を丸くして、それから頷いた。中腰のまま私が近づくのを見張るように目で追って、私が腰を下ろしてから自分も座り直した。


「今日は色んなことがありましたもんね」


 そう話しかけたらヨキは小さく息を零して、うん、と頷いた。



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