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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
12章 瞬きの現し身
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10 気掛かりですが


 ラスとドルマーの相性は最悪だった。どちらかが折れるということがない。其処で折れるということは自分の戦い方に非があると認めることになるのだろうから、当然と言えば当然かもしれないけれど。


「二人とも、どうしたの」


 行こう、とセシルに促されて私は小走りに近寄り尋ねた。私を見るとラスもドルマーも決まりが悪そうに視線を逸らす。口論し合っているところを見られたのは解っているだろうけれど、言い訳をするつもりもなさそうだ。


「見解の相違というやつでね。旅をしていればそういうこともある。其処此処に独自の文化があり、信念があるから衝突することだってあるんだ。今回はラスと彼女、ということだね」


 ロディが代わりに説明してくれた。暮らし振りも生き方も違えば、大切にするものが違うことは有り得る話だ。私たちにとっては日常でも、場所が違えば非日常と捉えられることは考えれば解るのだから。


「あたしだって此処で剣を振るうつもりはないよ。好まれないことはバルから聞いて知っていたんだ。別に考えなしじゃない。でも対処しきれなければ、最悪の場合は手を出さなきゃならないじゃないか。誰かが傷ついてからじゃ遅いんだ」


「……」


 ラスが零すそれが聞こえたのか、ドルマーはハッとした表情を浮かべ、苦虫を噛み潰したように眉根を寄せた。はぁ、と息を吐いてかぶりを振る。


「アンタがそう考えて動いたことを否定するもんじゃないね。アタシらを尊重してくれたことも解った。でも、理屈じゃないんだ。それとこれとは違う」


 ドルマーの歩み寄りにラスも完全に腑に落ちたわけではなさそうながら、頷いた。


「解った。でもあたしも、これ以外の方法がないんだ。可能な限り剣は抜かない。約束するよ」


 ラスの真剣な言葉に、ドルマーは驚いた様子で目を丸くし、それからあっはっはと私にも見せた笑顔で笑った。その眉はまだ少しだけ、困惑しているようにも見えたけれど。


「アンタたちって、本当……莫迦だねぇ」


 莫迦って、とラスはムッとしたけれどドルマーはお構いなしのようだ。わだかまりがほんの少しでも解けたようで私は安堵の息を吐く。仲違いにはならなさそうで良かった。


 魔物を使役して前線に出られるドルマーと、剣一本で魔物と対峙できるラスが正面からぶつかり合ったらきっと、ただでは済まない。お互いの力量を測って折り合いをつけられる二人だからこの程度で引いたのだろう。此処を追い出されても私たちも困ってしまうし、彼らは彼らの決まりに反することになってしまうだろうから。


「追い返した魔物が戻ってくる可能性は?」


 気を取り直してロディがバルに尋ねる。退治ではなく追い払うだけなら再度の奇襲は有り得るだろう。それを懸念したロディの確認に、ほとんどない、とバルは答えた。


「とはいえ気掛かりな点もある。ドルマーにも伝えておこう。そちらの二人は気づいただろうが、あの魔物、先刻追い払った個体だ」


「え」


 私は驚きの声をあげた。ラスとロディは頷いている。前脚にラスがつけた傷があったという話だ。何だい、とドルマーが腕を組んで首を傾げた。


「襲われたのは“二回目”ってことかい?」


 ドルマーの問いにバルは肯く。それって、と私は続けられない可能性を考えて背筋を冷たいものが走る感覚に体を震わせた。


「あの魔物は一度逃した獲物に執着する?」


 ロディが穏やかな声で尋ねた。私たちは見ない魔物だけれど、此処で暮らす彼らは違う。此処らに生息する魔物の生態には詳しいだろう。


「それなりには。ただ、あれからは逃げるのが一番だ。追い払い、居場所を移す。縄張りを出れば追ってはこない。ある程度の時間を空ければ忘れている。再度狙われることはない」


 退治できないからこそ。移動するしかないのだろう。だから彼らはテントを張って住む場所を変える。悪戯に命を奪わないために。


「……だが、あれが追ってくるには相応の理由があるはずだ。明日、改めよう。それから場所を移す。長のドルジに相談して……あぁ、客人を前にすまない」


 バルは申し訳なさそうに眉を下げた。私たちは気にしなくて良いと首を振る。バルが気にかけていることが明かされないからか、セシルが尋ねた。


「あれが追ってくる相応の理由って何?」


 それの心当たりがないからバルは気掛かりに思うのだろう。バルとドルマーが顔を見合わせ、話しても良いかと目で相談したのが見えた気がした。部外者の私たちに話して良いことかは私たちが決められることではない。でも、話しても良いと思うなら聞きたい。


 バルとドルマーの中で答えが出たらしい。バルが口を開いた。


「俺たちはあれをトムと呼んでいる。大きい、という意味だ。あの大きさだからこそ見つけるのは容易く、逃げるのも難しくはない。狩の方法は独特で近づくな、と言われている。逃げるのが一番だ。何故ならあれは──」


 バルが私たちをひとりひとり順繰りに見た。金色の視線が何かを探るように目の奥を覗き込んでいく感覚を覚える。説明しながら彼は、一体何を探っているのだろう。


「──自分の手先を獲物へと放り込む。群れる魔物を使い、それが場所を知らせるんだ。けどお前たちは魔物を連れていなかった。あれが何を目印に追ってきたかは判らない。単純に火や羊の匂いに釣られて襲ってきただけの可能性もある。とにかく、場所を移すのが肝要だ。ひとつところに留まっていればまた襲われる確率が上がるからな」


 宴は此処までだ、とバルは言って集落の中心へと戻っていく。アタシは周囲の警戒と仮眠をとる順番を指示してくるよ、とドルマーは言った。


「アタシの妹のオユンがアンタらの寝床を用意してくれてる。馬車で寝ても良いけど、任せるよ」


 笑ったドルマーは慣れている様子だけれど私の胸に咲いた不安を取り除いてはくれなかった。



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