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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
12章 瞬きの現し身

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8 宴の夜ですが


「楽しそうだな」


 私が何故ドルマーに笑われているか判らないでいると自分の杯を持ったバルに声をかけられた。私は困った表情のまま彼を見上げ、バルは私とドルマーを見て顔全体で笑う。お酒が入っているのだろうか。それとも集落の中にいるからか。そんな風に笑うとは思わなくて私は目を丸くした。


「ドルマーは誰に対しても分け隔てなく接するが、今夜も同じなようだな。楽しんでいるか、客人。あぁえぇと、名前は」


「ライラです」


 一度だけでは覚えきれないのか、それともやはりお酒が入っているからなのか、バルは私の名前を覚えていない様子だった。もう一度伝えれば、ライラ、と彼は口の中で確かめるように呟き、それから私を見る。金の目は宴を楽しんでいるように見えた。


「お前たちはこの辺では見ない出立ちだ。髪の色も、服装も。あぁいや、エノトイースは似たようなところがあったんだったか? あちらから人が来ることは本当に稀でな……」


 それにしても、とバルは私からその隣でまだお腹を抱えて笑っているドルマーに視線を移した。


「笑いすぎだろう。何がそんなに楽しかったのか俺にも教えてくれ、ドルマー」


 ドルマーは目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら顔を上げた。陽の光の下で沢山笑ってきただろう顔はこんなに笑っていても嫌なところはなく、私は苦笑する。得な人だと思う。


「あぁバル、この娘がね……ふっくく、面白いことを言うんだよ。希望が持てるってアンタ……しかも、羊! 人の心配より羊の心配を真っ先にする! 人の安全は脅かされないって信じてるからかい? それとも人より動物を優先するのかい?」


 私は自分が言ったことを思い出してドルマーが何に笑っているかやっと気がついた。魔物を家畜と一緒に生活圏に入れて、人が襲われないかどうかよりも羊が安全なことに私は言及していたのだ。自分がどういうつもりでそう言ったかは指摘されても判らない。人も羊も安全で、一緒に生きられるなら。それが一番良いと思っただけだった。


「あぁ、いや、悪いことじゃないんだ。けど、ふ、ふふ、あはは、アンタ、そうかい。アンタはそう思うんだ」


 ドルマーは私の背中をバシバシと叩いた。持っていたお皿を取り落としそうになって私は慌てる。バルはきょとんとした様子だったけれど口を挟まずに私たちに視線を向けていた。


「あぁ、そうだね。アタシらの当たり前を、アンタも当たり前に受け取ってくれただけなんだ。アンタらにとっては当たり前じゃないこれが当たり前になれば良いって、そう思ってくれたんだろう」


 ドルマーが肯定的に受け取ってくれたらしいと知って私は頬を染めた。そうなのだろうか。そう、思っていたのなら。それを違うとも感じず、そうであればと私も願う。そう思ったからこそ口に出た言葉なら、そしてそれを彼女が受け取って受け入れてくれたなら。


「“外”では魔物が人を襲う。魔物使いは魔物を人にけしかけると思われる。だから追い出されるって、此処に来る魔物使いと名乗る連中は皆そう言うね。でもどうだい。アンタみたいな人ばかりが“外”にいるなら、誰も追い出されず誰も此処になんて来なくて良いんだろう」


「此処になんて、だなんて」


 此処が故郷だと言った口で卑下するようなことは言わないでほしいと思うから私が口を開くとドルマーは目を細めて私を見た。泣きたくなるような優しさが込められた目だと、思った。


「良いんだ。此処が生きやすい環境じゃないのは“外”を知らないアタシらだって知ってる。だから追いやられるんだろう。だから“外”へは出られないんだろう。此処に生まれたことを後悔するようなことはないけどね、でもアンタみたいな人が“外”にいるんだと知れたなら今度の出会いは悪いものじゃなかったのさ」


 バル、とドルマーはバルに視線を向けた。んぐ、と杯の中身を飲んでいたバルは急に水を向けられて咽せかける。けれどドルマーは気にせず満面の笑みを彼に向けた。


「良い娘を連れて来てくれた。アタシらの知らないところで世界は変わる。此処に追いやられる奴が次は真面だと良いんだけどねぇ」


「世界とは。大きく語るな、ドルマーは」


 バルの返答にドルマーはあっはっはとまた大きな口を開けて笑った。豪快で、それでいて嫌味のない笑い声は空に吸い込まれていく。大きな焚き火がある今は空の光が遠いけれど、乾いた空気に澄み渡った空は高く見えた。


「知らない場所があると知っているだけアタシの世界は広いのさ。アンタの方が遠出はできるけどね、世界は広いものなんだよ。知らない場所で知らないうちに在り方は大きく変わって、知らなかった人が訪ねて来る。そうしてアタシらは世界の変化を知るのさ。良い暮らしだと思わないかい」


「まったくだ」


 私を挟んでドルマーとバルは杯をカチンと合わせた。自分達の今を大切にする生き方に、満足を知り充分と笑う彼らに、私は胸が一杯になる。そんな風に生きられるなら何処であろうときっと、充実した日々だろう。


 其処へ。


「敵襲! 敵襲!」


 カンカン、と硬い金属を叩く音が響き渡って空気に緊張が走った。バルがすぐさま片足を立てて警戒の姿勢を取る。ドルマーも一瞬で周囲に視線を向けた。陽が落ちて地平線の彼方は目を凝らしてもよく見えない。敵とは、何、が。


「まぁこれだけ派手に宴を催せば危険性も上がるものだからね。アンタ、戦えるかい? 戦えないなら中で子どもたちを見ていてくれる? 囲うよ」


 ドルマーは最後、バルに声をかけて立ち上がる。バルはお酒を飲んでいたとは思えないほど警戒の色を滲ませて既に一方向を見つめていた。しっかりとした足取りで戦闘の段取りを組み立て指示し、走り出す。


 私は悲鳴をあげて腰を抜かすヨキに駆け寄り、まだ幼い子どもたちが集落の中央に集まる其処へと足を向けた。



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