9 罰ですが
エルマは真剣な声でそう言った後、唇を固く引き結んだ。テオはエルマを止めようとしたかのように片手を挙げたけど、ゆっくりと下ろす。
私は首を傾げて今度はエルマを見つめた。
「どうして、そう思うの?」
それは、とエルマが言いかけて項垂れた。
「きっと変に思ったと、思うから」
消え入りそうな声で、それでもエルマは言葉を続けてくれた。
「変?」
私もかすれる声でエルマに問う。彼女の様子からして言いたくないことだろうと思いつつ、その彼女が言い出してくれたことなら最後まで聞く責任がある気がしたからだ。
「変って、どういうところが?」
「村の……人達……」
「村の人達が、どういう風に?」
エルマは腰が抜けて立てない私の横で同じように座ったまま、言葉を一生懸命に探していた。テオはそんなエルマを見守りながら、何度か口を出そうかどうしようか迷っているように開いたり閉じたりしている。
「誰も……私達を気にかけないから……」
言われて、何となくだけれど抱いていた違和感がそれだったのだと納得した。ロディとラスには話しかけても、傍で戦いを見守っていた二人のことには誰も言及しなかった。怒ることも、心配することもなく。
私にはそれがエルマの固く唇を引き結ぶ理由に思えて無意識に眉根を寄せた。
「エルマ」
私が呼びかけるとエルマは肩を大きく震わせる。それは怯えた動作だ。最初に会った時も、今も、エルマは怯えている。
「言いたくないなら言わなくて良いのよ」
思わずそう口にした私にエルマはかぶりを振る。黒髪が揺れても目元は見えない。
「良いの。これは罰だから」
罰。
「私が魔女として産まれて来た、罰だから」
「――!」
私は息を呑んだ。彼女が彼女を指した“魔女”という響きに、痛みを感じたからかもしれない。胸が苦しくなるような、息ができなくなるような、そんな痛み。
「……“魔女”なのが、悪いことのように聞こえるわ」
私がカラカラに乾いた喉から搾り出した声は震えそうだった。エルマが杖を強く握る手は力を入れすぎて白くなっている。その手に触れて包みたいと思うのに、触れたら彼女は崩れてしまうほど脆い存在にも感じられて躊躇われた。
「悪いことなの」
「そんな……」
私が言葉を失うと同時に、テオが我慢できなかったのか声を挙げた。
「オレが変えてやる。絶対に。魔法使いが生まれなかったこの村で魔法使いの“適性”を持ったエルマをどうして良いか分からないだけなんだ。だから、エルマ」
テオが優しくエルマの手を包む。慣れた所作に、それが幾度も二人の間で繰り返されてきたやり取りなのだと私は察した。こんなに胸が軋むやり取りを、この二人は何度繰り返してきたのだろう。
「大丈夫だ。オレがいる」
テオの言葉は決して気休めではなかった。変えられると信じて希望を捨てていない、前向きな色を含むテオの言葉はこれまでもエルマを勇気づけてきたのだろう。エルマは小さく、けれど何度も頷いた。
「……エルマは火の魔法が使えるんだ。でもこの村で火は、怖がられる。作物がダメになっちまうからな。さっきの魔法使いは風の魔法を使ってたから村の皆も別に怖がらなかっただろ」
テオが目を伏せて私に教えてくれる。そんな理由で、と私は思うけれど、村には村の考え方がある。魔法使いの杖を売るようなヤギニカの街から馬で駆けて一日もかからない場所にある村でも、魔法について知らなければどう考えるかなんて私には分からない。
「大きな火は私も怖いわ。燃え広がってしまえば色んなものを一瞬で奪ってしまえるのだと思う。でも、寒い夜に暖めてくれるのも、暗い夜道を照らしてくれるのも、私達が美味しい食事をとれるのも、火があるからよ。私はいつも隣に住むニーアおばさんが竈に火を入れるのを魔法でしていて羨ましく思っていたの」
私はエルマとテオに両手を差し出して笑んだ。
「私は魔力がなくて魔法が使えないから、貴女の苦しみは本当には分からない。でも、魔法が使えない私だけど、魔法が使える貴女を恐いとは思わない。だってエルマ、貴女はとても優しくて可愛い女の子だもの」
テオが笑ってエルマは驚いたように口をぽかんと開けた。
「誰かを傷つけるような魔法は使わないでしょう? だからテオが傍にいるし、ロディと出会って貴女は魔法使いと一目で分かる長い杖を選んだ。魔法が使えることを隠したいと思っていないからだわ」
ね、と私が言うとテオもエルマも今日買ったばかりの杖を見つめた。赤い宝石を嵌めこんだエルマの杖は、遠くの灯りにキラリと輝いた。
「苦しかった思いは消えないし、何かが劇的に変わるわけでもない。でも貴女は自分を魔法使いだと宣言するように長い杖を選んだ。きっと先に繋がる、意味のある一歩だったに違いないと思うの」
だから、と私は差し出した両手を二人に近づけた。
「罰だなんて、思わなくて良いのよ」
エルマが恐る恐る手を伸ばして私の手に触れた。私がそっと握ると、エルマもぎこちなく握り返してくれる。空いている手を私がテオにぐいっと近づけるとテオは仕方ないとでも言いたげに息をつくと、握ってくれた。
「よーし、冷えてきたからそろそろ戻りましょ。いくらロディの風の魔法が守ってくれるといっても下がってきた気温は避けようがなさそうよ」
「抜けた腰はそろそろ立てそうなのかよ」
テオにからかわれて私は笑った。二人に支えてもらいながら立ち上がって私達は三人で手を繋いで畑から村の方へ戻る。冷えた夜風は私達の手を撫でて空へと舞いあがった。




