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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
12章 瞬きの現し身
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4 攻防と笛ですが


「僕、は……僕、はどうして……」


 ヨキと名乗った青年は困惑した様子でロディを見る。ロディは目を細めて彼を観察していた。顔面蒼白で、魔物に襲われていて混乱しても無理はないと私は思う。自分がどうしてあの場所にいたのかすぐには思い出せないことだってあるかもしれない。


「キミは誰だい? ヨキというのはキミの名前?」


 あの流れで別の人の名前を出すとは思えないけれど、ロディは念を押すように問うた。あぁ、とヨキは頷く。一度、二度、自身でも確かめるように。


「僕はヨキ。ヨキ、だ。食べ物を探して彷徨っていたんだ。そうしたら……」


「あの魔物に襲われた」


 ロディがヨキの言葉を継いだらヨキは一瞬呆けたような表情を浮かべて、それから(しか)める。頭でも痛むのか、片手を当てていた。


「何なんだ、あの魔物は。此処はあんなのがいるのか」


「ボクも初めて見たけど、キミは此処には来たばかりかい?」


 魔物使いは見た目では判らない。セシルなら判るのかもしれないけれど、セシルは何も言わなかった。ヨキの吐き捨てるような、驚きと焦燥の滲んだ声は魔物に怯えている声で、けれどそれは魔物使いでも手懐けられない魔物を前にした時の反応とも考えられる。ロディはそれを測ろうとしているのだと私は気づいた。


「あぁ、いや、まぁ……一週間くらい、だったか……。君たちは旅人か。罪人ってナリじゃない」


 ヨキは段々と落ち着きを取り戻してきたのか私たちを値踏みするように見た。そうだね、とロディが肯定する。罪人が馬車を持ってるわけがないから、とヨキも自分が乗っているものに意識を向け、首をぐるりと回していた。


「キミが襲われていたから駆けつけたけど、キミは冒険者という出立(いでた)ちじゃない。キミは何故、此処に?」


 ロディは繰り返す。ヨキは言いづらそうにしながらも、判ることか、と口の中で呟くと逸らした視線を私たちに戻した。胡桃色の目がロディと、私とを向く。


「僕は罪人だよ。ナンテンの都から此処に流された。処刑の次に重い罪だ。けどこれじゃ、実質の処刑と変わらないな」


 その場で命を絶たれるかどうかの違いでしかない、とヨキは続けた。人の手で処罰するか、魔物がいる場所へ碌な荷物も持たせずに放つか、その先にある運命を考えると私もヨキとは同意見だった。


「都でそんな重たい罰を受けるなんて、何をしでかしたんだい」


 ロディはヨキの犯した罪に矛先を向ける。罪人とはいえ魔物に襲われているところを見ないフリはできないけれど、馬車に乗せたとはいえ罪人なら警戒するのは当然でもあった。セシルのこともあるから一概にダメというわけではないだろうけれど。


「盗みだよ」


 ヨキは目を逸らして、それでもさらりと言う。何度も盗めば重い罪に数えられる、と彼は続けた。


「ナンテンの国は民が飢えてる。不作が続いて食べ物は高い。畑を耕そうにも力が出ない。どうにもならない。けど、あるとこにはあるんだ。僕はそれを盗みに入った。他の人にも分け与えるために」


 義のため、と思って行動したのかもしれない。けれど盗みは悪事だ。捕らえられ、裁かれ、報いを受けることになる。それが此処への追放だったとするのなら。多少の温情ではあったのかもしれないけれど。


「君たち、旅人なら此処を抜けるのか? それなら関所の近くにある村に寄ってくれないか。僕の帰りを待っている人がいるんだ──」


「──悪いけど、キミは連れて行けないよ」


 ロディが釘を刺すようにぴしゃりと言う。う、とヨキはたじろいで、解ってる、と小さく頷いた。流刑の地を通ってくる冒険者を関所で調べるのは当然だろう。馬車に何も隠していないかと見られることになる。その時に彼を隠す場所はないし、見つかれば私たちも咎められることになるのは明らかだ。追放された罪人を連れては行けない。


 其処へ。


「ロディ! あいつが追ってきたよ!」


 ラスが鋭い声をあげる。ロディもラスのところへ戻り、幌から顔を出して息を吐いた。


「しぶといな。まぁ人間が五人ともなれば食い出はあるか。馬もいるし」


「降りて応戦した方が良いんじゃない?」


 ラスの提案に、ロディは一瞬考える素振りを見せる。


「倒すと他の魔物が縄張りを奪いにくるかもしれないけど、まぁ追い返す程度なら。これだけ逃げても追ってくるなら多少は痛い目を見せてあげた方が良いかもしれないね」


 二人の話を聞いていたセシルが、止めるよ、と手綱を操った。馬を走らせ続けるのも限界だ。止まった馬車からラスとロディが飛び降りる。私とヨキは思わず二人が顔を出していた場所に向かって外を覗き込んだ。


 大きな魔物は四つ足でこちらまで駆けてきている。今はまだ遠い場所でそれでも目視ができるなら後もう数分で此処まで辿り着くだろう。ラスは背中の剣を抜いて構え、ロディは地面に手早く魔法陣を描いた。どの魔法かは判らないけれど、ラスを援護するものであるはずだ。


「……っだらぁ!」


 ラスが駆け出す。相手も猛烈な勢いで駆けてきていて、正面衝突すれば当然ながらラスの方が分は悪いはずだ。けれどロディの魔法がその状況を変える。ラスの掲げた剣は魔物の前脚を捉え、深く入った。耳の奥までビリビリと揺らすような咆哮と悲鳴が入り混じった鳴き声が辺りに響いて、怯んだ様子で立ち止まる。じりじりと距離をとる魔物の左前脚からはどくどくと血が流れ、乾いた地面に染み込んでいた。


 ぐ、とラスが剣の柄を握る手に力を込める。ロディも次の一手を入れられるように構えていた。魔物の出方に合わせて対処できるような構えだ。魔物は低く唸り、ラスとロディを睨んでいる。どう出るか決めかねているのか、すぐには動かない。


「……音、が」


 緊迫した中で耳に届いた高い音に私は視線をそちらへ向けた。空洞の筒を通り抜ける空気の音は、笛の音だった。


 私が振り向いたその先、ラスとロディが背を向ける格好になっている場所でひとりの青年が馬に乗って、両手を口元に持ってきている。金の目がこちらを射抜いて私は息を呑んだ。ヨキが呻く。ほとんど同時に魔物がくるりと背を向けて駆けていった。ドスドスと重たい足音はきた時とは微妙に規則性がずれる。足の怪我は思ったよりも深いのだろう。


 追う気のないラスとロディはその姿を見届けるとすぐに構えたまま振り向いた。馬を駆った青年は既に笛から口を離してこちらに向かっている最中だ。真一文字に引き結ばれた唇と真剣な目は何処か怒りを(たた)えているようにも見える。


「はぁ。次から次へと」


 セシルの溜息と同時に零された言葉は、厄介事を予感した声をしていた。



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