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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
12章 瞬きの現し身
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2 駆ける馬車ですが


 鋭い悲鳴が遮るものの何もない大地を裂いて、私たちは一斉にそちらへ視線を向けた。まだ遠い遠い、乾いた大地が続くその地平線の先に、何かがいるのが見えた。遠いこの場所からでも見えるならその体躯は、私よりも何倍もあるだろう。


「人の声……?」


 魔物同士の小競り合いにしては切羽詰まっていた。あんな悲鳴を魔物があげるだろうか。そう思うような声だから誰にともなく尋ねれば、そうだろうね、と馬車の手綱を握るロディが答えた。外で警戒にあたっていたラスが馬車に飛び乗る。それを確かめてからロディがすぐに駆けるよう馬に指示を出し、馬車は速度を上げた。


「考えていたんだ」


 ロディが口を開く。ラスは背中の剣の柄に手をかけ、いつでも馬車から飛び出せるよう集中しながら、何を、と問い返した。


「流刑の地は通常の人なら許可証でもないとこの土地で生きていくしかないだろう。此処で産まれたにせよ、此処に追いやられたにせよ、どちらであっても。でも、魔物使いの“適性”があるなら魔物を手懐け、徒党を組んで此処から出ないんだろうかって」


 それが何のためにとはロディは言わなかった。私も考えないようにした。魔物使いと魔物が同じ場所にいるなら、心を通わせ手懐けることもあるかもしれない。此処での暮らしが気に入ったとしても、故郷を追われた人がいて、それが理不尽な理由であったなら恨みを晴らそうとしてもおかしくないと思った。


「セシル、魔物使いの“適性”が天職なら、どんな魔物でも手懐けられるのかい?」


 ロディはセシルに問うた。少し躊躇うような間の後、違うよ、と否定が返る。


「何でも思い通りになるわけじゃない。人と暮らす犬と似た姿をしていても、多くの狼が人に懐かないのと同じ。家畜の豚に似ていても、猪の獰猛性は人の生活と相性が悪いのと同じ。こちらが手を差し出しても噛み千切らない意志を持ったものとしか契約はできない」


 ──ヒトの姿をした擬似餌を使うマモノも、ヒトそのものに化けるマモノもいる。中にはヒトとマモノを取り換えるマモノもいる。そういった中でマモノ使いと呼ばれるヒトが心を通わせられるのは、ヒトに好意的な関心を寄せるマモノだけだよ。


 ウルスリーの村でアルフレッドから聞いた言葉を私は思い出した。それは魔物の方にも意志があることの証明だと私は思うけれど、今はそういうことが話題の本質に上っているのではない。セシルの答えを得てロディがどんな結論に辿り着いたのか私たちは彼の言葉を待つ。


「それを聞いて納得した。魔物使いたちは狙われないように移動している。それは、何から? この地に追いやった人を更に他から人が狙うとは思えない。それならそれは当然──魔物から、だろう」


 手懐けられない魔物がいるんだろうね、とロディは続けた。セシルが眉根を寄せる。


「あそこにいるのがどんな魔物かは判らない。でもあの巨大さだ。この身を隠すところがないような場所であんなに大きくても影響がない、とするなら相当な強さなんだろうね。硬いか、速いか、その両方か。他の魔物が群れで襲えば何とかなるのか、束でかかってもどうにもならないのか。それによって個体数も狩りの方法も変わってくる。単体で強いなら他の個体との餌の取り合いになるのは好まないだろう。縄張り意識が強く、群れることは少ない。群れないなら仲間はほとんどいない、と思って良い。それはそれだけ、狩りに困っていないということだけどね」


 ロディが並べる理由にセシルは不機嫌そうな声を出した。


「何でも知ってるんだ」


「勉強したんだよ。無闇矢鱈に突っ込んでいけないだろう?」


 ロディは苦笑する。ずっと長く一緒にいた最初のパーティでそういうことを考えるのはロディの役目だったかもしれない。見える情報から生態を推測し作戦を立てる。一歩引いて観察し、考えるだけで立ち回り方は変わるのだと私はそれで知った。


「原初の動物が人に与する方が生存確率が高いと踏んだか、人を狩る方が生存確率が高いと踏んだか、大きく家畜と魔物との相違、分岐は其処だ。あんなのが人の側に与するとはとてもじゃないけど思えないね。そもそもあれの原初の動物が何かさえ、ボクは知らないんだから」


 近づけば魔物の巨大さは驚くばかりになった。馬車を引く馬がいつ恐れて暴れ出してもおかしくはないと思うほどには凶悪だ。毛むくじゃらで大きな体は私が横に二人並んでも尚大きく、縦には三人並んでも手が届かないのではと思わせた。前脚には鋭い鉤爪が伸び、大きな口は顔が裂けているのではと背筋が凍りつく。頭には硬そうな角がぐるぐると輪を描くように巻いていて、頭突きをされても人の体なんて簡単に壊れてしまいそうだった。


 金色に光る目が獲物を見据えている。その先にいるのは腰を抜かしたひとりの青年だった。なす術なく魔物の巨体を見上げて放心している。魔物の巨体ではあの青年ひとりを食べたところでとても満たされるとは思えなかったけれど、それでも私たちは彼を助けたいと思って此処まで馬車を走らせてきたのだ。諦めるわけにはいかない。


「彼を馬車に引き上げる。それまでの時間稼ぎを頼むよ、ラス。ライラ、危険だがキミは降りて彼が立ち上がる手助けを。セシルは彼とライラが無事に乗るまで御者を代わってくれ。ボクはラスの援護を。最後の目眩しもボクが請け負おう」


 馬車は青年のところまでもう少しだ。ロディが早口でそれぞれに指示を出す。任せな、とラスは声を張り、セシルは億劫そうに息を吐いた。私は緊張に表情が強張るのを自覚しながらも頷いた。


「それじゃ、最短で!」


 ロディが馬車を止める。ラスが外に飛び出し、私もそれに続いた。



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