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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
12章 瞬きの現し身

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1 魔物使い、あるいは魔物の国ですが


 エノトイースの国からはあっさりと出られた。関所の兵が私たちを知っている様子はなく、通る時に鼻で笑っただけだった。


 何だあれ、とラスは眉根を寄せたけれど、あんなものだよ、とセシルが答える。通ったことがあるのかい、とロディがのんびりと問うて、そうだねとセシルは少し躊躇った後に頷く。


「此処から先は流刑の地なんだ。エノトイースも過酷な環境だけど、魔物からの守りは堅い。そのための犠牲には両目を閉じている国だけどね」


 多くの犠牲の上に築かれた帝国は確かに武力においては力を入れていた。かつて氷の帝王が打ち立てた堅牢さは今も尚頑丈を誇り、魔物の攻め入る隙を与えない。けれどその分、内に入った魔物への対処はずっと難しいのだろう。セシーマリブリンからの魔物の侵略にもかつては耐えたとしても。


「この先は雪と氷は少なくなるけど、乾きは変わらない。背の高い植物は生えなくて、草原が続くんだ。姿を隠すことが難しくなるから罪人には脅威になる。それに此処から先は魔物が多く生息してる──魔物使いの国だと言われるほどだよ」


「魔物使いの国……」


 私は目の前に広がる広大な土地を眺めた。先日の呪いの影響か、関所を抜けるまでに雪はほとんど溶けていたけれど、通り抜けてみればまだ雪が此処には残っている。風は冷たいし身を隠すところがないということはこの風を凌ぐことも難しくなるのだろうと思った。帝国とは違って人が住んでいる気配が感じられないのは、建物の類が全く見えないせいかもしれない。


「魔物を呼び込むと言われて魔物使いは煙たがられるからね。何処へ行ってもあまり歓迎されない。そうやって生まれ故郷を追われた魔物使い達が身を寄せ合って集団で暮らすようになるのは道理だと思うけど」


 セシルの声には嘲るような色が含まれていた。生まれ故郷を追われ、流罪に等しい扱いを受け、辿り着くのが此処だとするなら。


「……狙われないように移動しているのかい?」


「そうだろうね。僕は結局、魔物使いの誰にも会わずにこの国を出たからよく知らないけど」


「通り過ぎただけ?」


 ロディののんびりした声はそれでも踏み込んだ質問だった。セシルがどんな目に遭ってきたか、どんな想いをしてきたか、私たちはよく知らない。魔物使いというだけで酷い目に遭ってきたことは窺い知れたけれど、どうして此処に来たのかを尋ねるのは躊躇する質問だと私は思った。


「……アマンダに勧められたんだ。一度見ておくのも一興だって」


 けれどセシルは答えた。私はラスと顔を見合わせ、お互いに緊張した表情を浮かべていることを確かめる。ギリギリの細い糸の上を歩いているような感覚だった。


「アマンダというと……あの呪術師か」


 ロディとラスが思い出すように視線を動かした。私もウルスリーで出会った占いも予言も行う美しい人を思い出す。セシルを気紛れに育てて仕事にも連れて行ったという、本業は呪術師の人を。


「魔物使いが最終的には目指す場所。定住しないで家畜を連れて移動するんだ。だから正確にはどのくらいの人数がいるのか、誰も把握してない。どのくらいの単位で移動しているのかも判らないし、もしかしたら絶えていて魔物の国と化しているかもしれないけど。討伐には大変な労力がかかる魔物がいるんだろうね。そんなところに魔物使いでもないただの罪人を放り込んだら、人の味を覚えた魔物だっているだろうし」


 魔物使いとはいえ手に余ることはあるかもしれない。エノトイースとは違った意味で過酷な環境であるらしいことを聞いて私は息を呑んだ。


「此処にきてから思い至ったんだ。僕は別に身を寄せたい場所があるわけじゃないって。此処にきて何をしたいわけでもない。魔物使い以外に復讐がしたいわけでも、魔物を手懐けたいわけでも、傷を舐め合いたいわけでもない。それなら適当に旅をして魔物を虐げている人の敵になろう、そう思った」


「敵、ね」


 その結果があの夏の日の巡り合わせだったのだろうか。それなら私たちはきっと知らないうちにあの森で魔物の縄張りに這入ってしまっていたのだろう。その報復が勇者の腕だったのは、痛手だったけれど。


「此処がどんな文化を持ってどんな進化をしているかは僕も知らない。魔物使いだって人間だ。命を繋ぐこともあるかもしれない。そうした時に此処で生まれた子どもが何を思うか、僕には想像もできない」


 生まれた時から流刑の地で育ち、魔物が身近にいる状態で育ち、そうしてそれが当たり前の中で成長したら。考え方も物の見方も何もかもが違うかもしれない。この地へ訪れた理由を親が憎んでいればその憎しみは連鎖するだろうか。それとも同じ境遇の人と家族になってのびのびと暮らすこともあるだろうか。それは些か、都合の良い夢物語のようだけれど。


 魔物使いの“適性”を持つことでどんな目で見られるか、私は少しだけ知っている。特にウルスリーで出会ったアルフレッドと、目の前のセシルから。そして、リアムの話から。私自身の体験はなくても、あまり公にしない方が良いようなものであることは。


「まぁ、遭遇したらその時はその時。人に、というよりはやっぱり魔物に注意しながら進むべきだと僕は思うけど」


 身を隠すところがないということは私たちも魔物側もお互いの姿がよく見える、ということに(ほか)ならない。相手の姿を見て逃げ出すような魔物ならまだ良い。人の味を覚えていて、私たちを餌と認識するようなことがあったら。


「気休め程度かもしれないけど、魔物避けの魔法を張って進もう」


 ロディが息を零すと杖を振る。私たちは広大な大地へ一歩、進み始めた。



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