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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
11章 火群の回廊

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25 遠ざけた火群の回廊ですが


「……オリガ」


 ラスたちに私とロディが追いつくと、アレクセイがそう呟いた。その声が聞こえた私たちは足を止める。アレクセイに背負われたオリガが薄らと目を開けていた。


「気分はどうだい」


 ロディが穏やかな声で問いかけた。オリガは微笑もうとしたようだったけれど口の端が僅かに上がっただけだ。掠れる声で答える。


「あなたたちは……もう、行きなさい……」


 それは、とロディが問いとは違う答えが返ってきても嫌な顔ひとつせずに更に問いかけた。


「この国から出ろ、という意味で良いのかな」


「そう。聡い魔術師、その聡さ故に大変な苦労もしたでしょう」


「ふふ、陛下ほどではないよ」


 ロディは周囲を見回した。呪いが消えてるね、と囁くように言われて私はようやく春の陽気が消え失せていることに気がつく。あの暖かさをロディは呪いだと言っていた。それが消えているということは。


「じき、冬の寒さが戻るでしょう。此処は未だ雪の中。多くの死を抱え、過ちを繰り返してきた土地。断罪の炎が溶かす前にあなたたちは此処を出るのです。今ならまだ、わたくしの名前に力がある。境を越えるのに難はありません」


「でも、呪いが消えたなら……っ」


 言い募ろうとする私をオリガは視線ひとつで黙らせた。衰弱はしてもその瞳の力強さは失われていない。どれだけ雪に紛れ消えてしまいそうな見た目でも、その目の輝きだけは。最後まで女帝で在ろうとする姿勢が見えて私は言葉を続けられなかった。


「あなたたちは旅の者。この地に根ざす者ではない。彼女が言っていたでしょう、ライラ。あれはつまり、あなたの物語は此処で閉じるようなものではない、ということ。あなたは生きるの、まだまだこれからも。あの手が伸ばされても尚」


 私は胸の奥に向けられた加護の熱を思い出す。私の(いのち)を代償に、与えられたもの。ロディはあれを呪いと言ったけれど、彼女にしてみれば加護であるそれは祝福とも呼ぶのかもしれない。


「そういえば聞いていませんでした、ライラ。あなたたちの旅の目的は?」


 問われて、私は答えに窮する。ヤギニカの街でラスとロディと三人で定めた目的は、離脱したモーブの、勇者の代わりを見つけることだ。そのために当初の予定通りに旅を続けている。だから私が口にできる目的は。


「魔王討伐のために必要なものを……探しています」


 勇者が現れた時に情報と共に渡せるように。それを押し隠して私はそう答える。ふふ、とオリガは笑った。ぎゅ、とアレクセイの首周りに回した腕に力が込められるのが見えた。


「だそうよ、アレクセイ。あなた、彼らの目的を聞いていましたか?」


「……失念しておりました」


「あなたが声をかけたのは魔王討伐を見据えた冒険者。わたくしの兵たちよりも場数を踏み、あの死者の国の主人とも渡り合ってしまうほどの人たちなの。ええ、よく声をかけてくれました。そうでなければきっと、こんな未来には辿り着かなかった」


 アレクセイは小さく息を呑んだ様子だった。オリガの言葉がアレクセイにとってどのような意味を持っていたのか私には推測するしかできないけれど。悪いものではないのだろう、とだけは自信を持って言える。


「ライラ、ひとつだけ、わたくしが教えられることがあります。あの場所で見た蒼い炎。わたくしは父を見、あなたは両親を見た。無数にあった炎、彷徨い歩く者、壁に掲げられた者、彼女の手元を照らした者、その、いずれもが」


 ロディはシスターを見て、セシルは村の人たちを見たのだろうあの場所の炎。私たちはオリガの言葉を待った。オリガは知っているのだろう。


「──導きを誤った者たちです。その贖いの場。わたくしも、アレクセイも、いずれはあそこへ招かれる。あなたの両親は何をしていた方たちですか。わたくしの父はこの国を誤った方へ導いたのでしょう。あなたの両親も、そう?」


「……そ、れは……」


 吟遊詩人の父と、踊り子の母は、誰を導いただろうか。誰かを導く職業の人たちではない。それともその詩に、その踊りに、道を踏み外す人がいただろうか。そんなつもりはなくとも知らず、罪を背負うことはあるだろうか。


「到底ボクは承服できない。これはまたあの場所に赴いて今度こそ答えをもらわないと。だから、ライラ。キミも納得できないならしなくて良い。不服なら、それで良いんだ」


 私の表情を見たロディが私に労わるような声をかけた。うん、と私は頷く。私もすんなりと受け入れることはできない。私もロディと同じで、とてもそんな、贖わなければならない罪に問われる人たちだとは思っていないから。


「だから彼女はあなたには答えないと、それは今ではないと、言ったのでしょう。であるならば、ライラ。自身が何をすべきか、解りますね」


「……はい、オリガ様。アレクセイも。どうか、お元気で」


 私にはただ願うことしかできない。届かないことがあると知りながら、全てが叶うわけではないと知りながら、それでも尚、希わずにはいられない。


「わたくしは歌唄い。嘘と(そし)られようと、この目で見たことをただ最後まで唄うのみ。せめてライラ嬢、この先の旅の無事を祈ることをお赦しください」


「わたくしは平気です。最後まで役目を全うするだけ。それにわたしを追いかけてくる鬱陶しい鳥を、少しだけ可愛らしく思ったところです」


「これは手酷い。それとも朗報?」


 アレクセイとオリガの言葉に、私は思わず苦笑した。どうか、と胸の奥の熱に願う。呪いを消して帰してくれたそれが気紛れだとしても、この兄妹(ふたり)がなるべく一緒にいられますようにと。


 私はアレクセイに竪琴を返す。それをオリガが受け取って、私たちは二人と別れた。宿に戻り朝を迎えてすぐ、出発する。


 あのぐるぐると続く回廊にかかっていた火群(ほむら)が抱えた罪をまだ飲み込めないまま、私はこの地を後にした。



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