表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
11章 火群の回廊
279/361

19 突破の手立てですが


「小休止をしよう。あの先へ進む手立てをボクは考える。ラスはその間に休息を。セシル、何もないとは周囲の警戒を。それから、ライラ」


 ロディに呼ばれて私は近くへ寄った。ロディは声を落として私にだけ聞こえるよう唇を寄せる。


「セシルの様子を見ていてくれるかい。キミも準備を整えることを目的とはしてほしい。セシルは聡いから気付かれないようにね」


「……難しいことを言うのね」


 私が困ってロディを見上げても、頼んだよ、とロディは笑うだけだ。頼まれては仕方がない。できると思っているから頼んでくれているのだ。応えようともせず、できないと退けることはできない。


 私は小さく(うなず)いて、元いた場所へ戻る。ラスも警戒を完全には解かずに、それでもなるべく深く休息を取れるように剣を抱えるようにしながら眠りに落ちているようだ。セシルは穴の方へ顔を向けていて、時折上空にも視線を向ける。微かな気配を感じるのだろうか。そんな風に警戒しているセシルを見ようとすれば気づかれないなんて無理だと思う。


「バフル」


 腰を下ろして私はバフルを呼ぶ。バフルは不貞腐れた様子でもぞりと動いた。


「我に歌を捧げる約束を思い出したか?」


 ごめんなさい、と私は素直に謝る。色々あって後回しになっていたのは事実だ。忘れていたことも。


「何を歌ったら良いかしら」


 無限に、とはいかないけれどバフルが聴きたい歌を歌いたいと思うと告げればバフルの機嫌が少し上向きになったのを感じた。人魚の歌を、と望まれて私は星屑の歌を小さく唇に乗せる。バフルにだけ聴こえれば良いと思ったけれど、風の音や松明が燃える音が時折するくらいの此処では私の声はいくら小声でも聞こえるらしい。セシルやロディが私に視線を向けた。


 レティシアと歌った星屑の歌。荒れた海が凪ぐ不思議な歌は魔力のない私が海のない此処で歌っても効果を発揮しないだろう。天候を操る歌だってレティシアの、人魚の魔力がすぐ近くにあったおかげだ。私が歌ったところでその旋律をなぞることしかできない。魔法までは再現ができない。


 でもバフルの機嫌がそれで直るなら充分だった。もしもの時の手段となってくれるのは、パロッコがくれた髪飾りとバフルの力だけだ。名前で縛っても私がバフルに言うことを絶対に聞かせられるわけではない。主従関係というよりはお互いの持っているものを差し出す契約のような関係性だ。助けてもらっておきながら私がそれに応えなければ、次は助けてもらえない。


「ライラ、バフル、少し良いかな。ボクもライラの歌が聴きたくてね。ライラに鎮魂の歌を望んだらキミは赦してくれるかい」


 星屑の歌が終わる頃、ロディが私たちにそう尋ねた。ロディにはバフルの声が聞こえるから、答えも聞き分けられた。


「悪くない」


 ありがとう、とそれを肯定と受け取ってロディは微笑む。それじゃぁライラ、お願いできるかななんてロディが次の曲をねだるから私はおずおずと歌い出す。今までも何度も歌ってきた鎮魂の歌。両親を送るために涙を堪えながら歌ったこの曲を。両親の姿を見たこの螺旋の終着点で。


「あぁ、やっぱり」


 ロディが納得したような声を出す。私はロディを見上げ、その視線の先を追った。退却した穴の向こう、境界線でもあるかのように其処からは出てこない人の形をした炎が揺らめいている。けれどその表情は──もう怯えてはいなかった。


「ライラ、キミは歌う時に誰かを想うだろう? 吟遊詩人の“適性”がないキミは歌を作ることはできないと言った。それならキミが歌う曲は誰かが作った曲だ。そして誰かから、教わった歌だ。キミは歌う時に必ず誰かを想う。魔物の死でも悼んだキミだ。魔力はなくてもキミの歌は……命を想う温かさに満ちている。それは結構、魔力を込めるより大変で大切なことなんじゃないかとボクは思うよ」


「……」


 私は驚いて歌うのを止めてしまった。そんな風に言ってもらえることがあるとは思っていなかったから、胸がじんわりと温かくなる。私が歌に込めてきたものを受け取ってもらえたような気がしたからかもしれない。


「何故、彼らが」


 ロディは炎の揺らめきを見つめながら言葉を続ける。


「人の形を取ると思う。ボクらにとって(ちか)しい人しか姿が見えなかったのに、彼らのことはどうして見える? 彼らはシスターと同様にきっと囚われている。それが(あがな)いになるのか、償いになるのか、ボクには判らないけど。そして同時に門番だ。判る形を取って襲われれば防衛もする。セシルのように乱暴な手段を取られることもあるだろう。多くの命を屠ってきただろう彼らの罪がもし、そういうことなら」


 ロディが杖を握る手に力を込める音がした。


「彼らが求めるのは解放だ。あるいは、赦し。それに繋がるかは判らないけれど、ライラ、キミの歌は」


 ロディが私に顔を向けた。優しく細められた目は切なさを宿していて、私にはそれが、懇願に見えた。


「彼らを想って歌うならキミの歌はきっと、それに連なるものになる筈だとボクは思う」


 私は目を丸くする。洞窟のような穴へ視線を戻せば彼らの表情はまた戻っていた。もしも私の歌が彼らの耳に届くのなら、それで何かを変えることができるのなら。魔力のない私でも、役に立てることなら。それは。


「ボクが魔法で援護する。勿論、守りの魔法も使うとも。門番がいるならこの先には主がいる。この死者の国でふんぞり返って玉座に座っている人物を問い質そう。ボクらを招いた理由も、帰る方法もきっと知っている。

 きっとオリガ陛下の場所だって判るさ」


 ロディの言葉に私は頷いた。決まりだね、とロディがにっこり笑うのと同時にラスが顔を上げ、セシルが息を吐く。そういうことなら早く行こう、とセシルが私たちを促した。


「沢山の目に見られるのは気が滅入るよ。穏便に解決するならそれが一番だ。お姉さんには負担をかけるけど」


 大丈夫、と私は苦笑した。緊張はするけれど私で役に立つならできることは何でもしたい。


「それじゃ休憩は終わりにしようか。ラス、行ける?」


「大分休ませてもらったからね。問題ないよ」


 ロディの言葉にラスは頷き、立ち上がった。疲労困憊の色はもう見られない。私も立ち上がると咳払いを二、三度して喉の調子を確かめた。どのくらい歌うことになるか判らないけれど、調子は悪くない。大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。


「行きましょう」


 私は一歩、踏み出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ