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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
11章 火群の回廊
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14 遠い夜の記憶ですが


「もう十年は前のことだけどね」


 ロディは言葉ばかりはいつものように、けれど声には隠しきれない重さを伴って吐いた。それだけ経っても彼の中では今しがた受けたように痛むのだろうと私は思う。そうでなければあんな風に泣いたりはしない。


「壊滅状態だった村をモーブの両親が一緒になって直すうちにそのまま住むようになり、小さいながら村として機能するようになった。子どもも育てられる程度にはなった。でもどうしたって守りは薄くなる。そもそもが冒険者向きの“適性”を持たない人たちばかり残ってるんだから当たり前の話ではあるんだ」


 村を守るために戦った人はどれだけ残ったのだろう。壊滅状態と言うからには相当に酷い状態だったのだろう。私は夢の世界で女王に言われて渡った先で見た光景を思い出した。もしかするとあの少年が見ていたような光景が広がっていたかもしれない。


「勇者一行として僕らが旅に出るにはまだ時間が必要だった。その間を、いや、旅に出てからも彼らは自分の村は自分で守らなくてはならない。モーブの両親がいたとはいえ、指南所の先生がいたとはいえ、常に警戒するのは無理だ。ましてや村からは少し離れた教会には、女神の加護しかない」


 それでもシスターは助からなかった。どれだけ女神様に尽くしていたシスターであっても、そうなのだろうか。女神様のご加護は彼女には与えられなかった?


「あの村の教会の護りは完璧だ。でもシスターは……外で襲われた。教会の中であれば魔物は入ってこなかっただろう。それもこれもボクらが……いや、ボクが、子どもだったせいだ」


 ぐ、とロディが握る拳に力を込めた。掌に爪が食い込んでいるのではと思うほどの込め方で、肩がわなわなと震えている。でも私にそれを止めることはできなかった。ロディの話はまだ途中だ。最後まで聞かなくてはと思うから、遮るようなことはしたくなかった。


「あの頃、教会の畑に迷い出る魔物がいたんだ。ボクらの大切な食糧を荒らされては堪らないからね。罠を作ったり囲いを作ったりと工夫をしたんだけどダメだった。だからボクはモーブと二人で、討伐に行こうと話していたんだ。でも子どものすることだから。大人にはお見通しだったんだろう。深夜、教会を出たボクをシスターが咎めた。其処に魔物が、迫っているとも知らずに」


「……」


 あの夜。モーブの夢で見たあの夜。少年たちの描いた夢は黒く塗り潰された。二人ならできると思っていたことが裏目に出てロディの大切な人を失う結果に繋がったと知って、私は息が詰まる。


「ボクを教会に力づくで戻して扉を閉めて、体当たりされた彼女が打ちつけた目の前の扉が震えた衝撃をまだ覚えているよ。そのまま引き摺られて階段を落ちる音も、魔物が貪る荒々しい息遣いも、痛みを堪えながら声を出さないように啜り泣く、弱々しくなる彼女の声も」


 思わずロディの手に触れていた。邪魔したくないと思っていたのに、ロディをそのままにしてはおけなかった。こんなに後悔で一杯の人が吐き出すつらい思い出の重みに私が耐えられなかったのだろう。その中でずっと身を浸すのは、彼なのに。


 ロディは私が触れた手に視線をやり、目を伏せたまま苦し気に笑った。冷たく冷え切った彼の大きな手に触れる私の手だってきっと体温が下がっている。血の気が引く思いを聞いているだけでもするのに、それを目の前で味わった彼は。


「何もできなかった。ただ震えて、魔物が去ってからじゃないと動けなかった。外に出て、月明かりの下でシスターだったものを見た。黒く濡れて、何とか人と判る形はしていたけれど彼女は変わり果てていた。

 ……その後のことはよく覚えていないんだ。気づけばぐしょ濡れの魔物の死骸を前に膝をついていて、モーブが折れた剣を大事に握り締めたままボクに声をかけていた。杖なしで魔法を使ったんだろうね。ボクは三日三晩寝込んで、起きた時にはシスターの埋葬も終わっていた。あの日からボクは魔物には容赦しないと決めたんだよ。魔王討伐も、強く決意した」


 ──僕が勇者として魔王討伐を意識した日だよ。


 モーブもそう言っていた。あの夜の出来事で二人が魔王討伐をより具体的に、鮮明に意識したのだとしたらそれは悲しいことだと私は目を伏せた。


「……ライラ」


 ロディに呼ばれて私は目を上げる。ロディは私をじっと見ていた。


「この話を聞いて、シスターに罪があるとキミは思うかい?」


「……ないわ。だってこれは、ロディから見た話だもの。シスターに罪がないと思う貴方の」


 ロディがないと思うから話の何処にもシスターの罪は存在しなかった。そう返す私の言葉を聞いて、そうだね、とロディは少し考えてから肯定する。そんなことにも気付かなかったとばかりに。


「シスターから見れば、罪があったんだろうか。子どもだったボクには知る由もないような。こんなところで動けずに燃え続ける(あがな)いを求められるような?」


 ロディは視線を上げ、壁の松明を見た。やはりその炎がロディにはシスターに見えているのだと私は確かめる。ふらふらと彷徨うわけでもなく、動けないまま此処にいる他の炎も皆、誰かの魂だとするのなら。この道を照らす炎の(しるべ)は一体、何、であるのだろう。


「先を行きましょう、ロディ。此処で問いかけてもシスターが答えてくれないなら、答えは此処じゃ得られない」


「……先って」


 酷なことと思いつつ私はロディに進言する。立ち止まっていてもロディは永遠に答えの出ないまま問い続けることになると思ったからだ。それなら苦しくても、つらくても、先に行った方が良い。此処にいるよりはまだ、何かを探せそうだと思うから。


「死者の国の王に会うの。そうして訊くのよ」


 私たちの大切な人が抱える罪が、何なのかを。



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