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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
11章 火群の回廊
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13 魔術師の語りですが


「ボクは親がなかった。生まれは知らない。育った村では教会のシスターに面倒を見てもらっていたんだ」


 ぽつり、とロディが話し始める。うん、と私は頷いた。


 それはモーブの夢で見た光景のことだろうか。明るい陽の光の下で同じくらいの年齢の子たちと一緒になって遊んで、学んで、時には喧嘩をして。親がないというロディがそうできたのは、守ってくれる大人が他にいたからで。それがその、シスターなら。


「あの村にはモーブがいた。勇者としての“適性”を備えた、皆の期待を一心に背負った彼がね。(はた)から見ていたボクでもあの期待は重いだろうと思った。でも彼、そんな様子を微塵も見せないんだ。そうあるのが当然のような顔をして、でも裏では相当な苦労をして、全部を呑み込んで期待に応えようとしていた。ボクにはそれが見えていた」


 期待を背負わせた大人たちよりも同じ世代の子どもだったロディやラス、キニやハルンによく見えたのは道理だったのかもしれないと私も思う。一緒にいる時間は彼らの方が長いだろう。一緒に過ごした時間は家族の方が長くても、大人から期待を向けられた時の応え方と一緒に遊んでいる時との顔と、違っていれば。


「ボクが他所者(よそもの)なのはあの村の誰もが知るところだった。老若男女関係なく、全員だ。小さな村だからね。そして大人の噂話は子どもの耳にも入るものだ。まぁ幸いにもボクは何でもできる神童だったから期待されたよ。モーブといずれ一緒に旅に出るんだろう。

 元いた場所に帰るんだろう、って」


「……」


 私は相槌も打てなかった。ロディは何でもないことのように言うけれど、ひどく残酷な響きを伴って私には聞こえたから。いずれ旅に出て、元いた場所に、育った村ではない場所に帰る、と見做されていたなら。それは。


 それはロディが、その村では受け入れられていなかったように聞こえたから。


「いずれ旅に出るモーブについて行こうとは思っていたんだ。村の人たちは魔物の脅威に晒されていたし、どれだけ対策して近づけないようにしたって田舎の村だ、獣も魔物もすぐ近いところで生きている。そういう不安から救ってくれるとモーブのことを持ち上げ、信じていて、彼もそれに応えようとするなら手助けだって必要だろう。幸いボクは神童で、大抵の魔法はすぐに覚えた。回復の魔法も、戦闘の補助魔法も、勿論ボク自身が魔物と相対した時に困らない攻撃の魔法も、あの小さな村でよくぞ覚えたと我ながら思うよ」


 ロディは小さく苦笑した。本当に小さな村だったのだろう。私はモーブの夢では教会の周辺しか見ていないけれど。村からは少し離れたところにあった教会は旅をする人のためのものであって、村のためのものではなかったのかもしれない。


 子どもたちは村から離れた場所で剣の指南を受けたとラスが話していた。どういう立地だったかは分からないけれど、村から離れたところに教会も、指南所も、あったのかもしれない。それはロディが言うような獣や魔物と近い場所で生活する人々の知恵だったのだろうか。


 ロディは目を伏せた。話し始めてから私に視線を向けることはなく、目の前の岩壁と膝に置いた自分の手とに視線を時折動かし向けている様子だ。過去に想いを馳せている彼の語る話がモーブの夢の通りなのではと思うと私は胸が苦しかった。けれどそれを見たなんてとても言えないから、ただ黙って彼の紡ぐ言葉の先を待つ。


「シスターは、ひとりで教会を切り盛りしていた。良い人だったよ。明るくて、朗らかで、いつも笑っていて。ボクの母親代わりを務めてくれた……母と呼ぶには歳若かったと思うけれど。随分と歳の離れた姉、くらいの感覚だったかな。ボクには父も母も兄弟もいないから本当のところは知る由もないけどね」


 セシーマリブリンの国に起きたこととロディにそっくりなお妃様の肖像画を思い出したけれど私は何も言わなかった。彼は自分で自分の故郷を選んだ。ウェノア村のロディであることを、そのシスターただひとりを母と思うことを、一緒に育った大切な仲間がいることを、彼は自分で誇ったから。彼にとっての故郷や家族は、彼が選び信じたものだけだ。


「その教会も最初からシスターひとりだったわけじゃない。あの村は魔物に襲われたことがあるんだ。だから人一倍、勇者の輩出を夢見る。魔王討伐を望む。モーブの両親がまだ冒険者だった頃、そうして村は壊滅状態になったらしい。残っていた村人たちで魔物を追い払いはしたけれど、シスターの家族はその時に村人を助けようと匿って、命を落とした。彼女もまた親を亡くした子どもだった。だからボクを育ててくれたんだろうね」


 ロディはそのシスターに恩義を、愛情を感じているのだろう。けれど私はその結末を知っている。モーブの夢で見たあれが、嘘だとは思えないから。


「彼女は教会に残り、自分が助かった恩を返すため働いた。そのままシスターになり、現れた赤ん坊のボクを引き取って育ててくれた。ボクも魔王討伐をモーブと完了したらあの村に凱旋するつもりでいた。ボクとモーブ、二人いるならまずどんな魔物にだって負けないという自負があったんだ。

 でも」


 少年たちの夢は輝いていたことだろう。まだ外に出ていない、守られた場所で描いた夢は無敵で、無敗で、色鮮やかで。でも、と続けるロディの声と表情が翳った。


「シスターは、死んだ」


 冷たい声に、ごぉ、と掲げられた松明の燃え盛る音が応えたような気がした。



2024/01/28のお昼頃:誤字らの召喚を見つけたので対処しときました!誤字ら召喚士、人知れず大活躍です!そんな召喚はしなくてよろしいと思うんですけど無意識の内に眠れるぱぅわーが暴走してしまうんですね…読みやすくなっていれば幸いです…!

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