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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
11章 火群の回廊
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8 選択ですが


 まさか、そんなこと。あるはずがない。


 何故、両親が此処に。オリガの言うように此処がもし死者の国だったとしても、何となく、何となく私は、自分の両親がそんな場所にいるとは思えなかったのだ。


 地下深くへ潜ってようやく辿り着けるはずの死者の国。また人として生まれてくるための(あがな)いの期間。私の両親に精算すべき罪があるなんて思えなかった。思いたくなかった。


 でも目の前を通り過ぎるのは両親の姿をしている火で。けれど私の声は聞こえないのか私が零した言葉に意識を向ける様子はない。私の姿が見えているわけでもないのかもしれない。でも、どうして。


 此処が死者の国としても、地下深くと言えるような場所ではない。地上の、山の中に死者の国はあるのだろうか。本当にあの火は両親なのだろうか。


 確かめなければ、と思った。でもオリガを連れ回して良いものかも判らない。私の知りたいという好奇心でオリガを危険な目に合わせることになったら。そう思ってオリガを向いたらオリガも私へ視線を向ける。その目が揺らぐのは怯えだけではない。他の色を感じ取って私は口を開いた。


「オリガ様……あの火を追っても良いですか」


「わたしも同じことを言おうとしていました。あなたを危険に晒すかもしれなくても、それでも」


 気になるの、とオリガは囁くように続ける。はい、と私も頷いた。


「私も気になります。私も貴女を危険な目に合わせるかもしれません。それでも」


 行きたいんです、と言えば今度はオリガが頷いた。ぐ、と握る手に力が込められる。行きましょう、と彼女の声が囁きなのに力強く促した。


「オリガ様が行きたいのはその、お父様が行った方、ですよね」


 私が気遣うとオリガはかぶりを振った。何処か痛みを抱えながらも慈しむような眼差しを彼女は私へ向ける。


「いいえ。ライラ、あなたはこの異国の地でご両親を見たのでしょう。まずはあなたのご両親を追いましょう。此処が死者の国であるならば、この国で生を終えた人だけであるはずがないわ。何処までも繋がっているのかもしれないけれど、それならこの場所に境界はないことになる。国の境がないのなら、わたくしが耳を傾けるべきはこの国に辿り着いた者全ての声となりましょう」


 死んだ者たちの声を聞くなんてできるはずもないとオリガだって解っているのだろう。それでもそう言って私を優先してくれた優しさに甘えることにして、私はお礼と共に頷いた。


「ただ、どれがあなたのご両親かわたくしには見分けがつかないの。あなたの向かう方へついて行くわ」


 私にもオリガの父がどの炎か判らないように、オリガも私の両親がどの炎なのかは判らないのだろう。知らない人の面影を炎の中に見ることは難しい。だから私は彼女の手を引いた。


「こっちです」


 両親は村の中心へ向かっていた。身を隠すところはないけれど、どの炎も私たちが姿を見せても気にかける様子はなかった。見えていないのだろうか。それなら私が両親を追ったとしても気づいてはもらえないかもしれない。でも、この場所で両親が何をしているのかは知りたいと思った。もう二度と見ることのできない姿を一秒でも長く見ていたい気持ちも、あった。


 両親は二人並んで進んで行く。いつも笑顔だった母も、穏やかだった父も、その表情は見えない。感情のない目はけれども真っ直ぐに村の中心へ向けられている。私がロディたちを呼びに行ったあの、建物の地下へと降りて行った。


 地下、と思って私は一瞬喉を鳴らした。冒険譚で語られたような深く潜れるような距離ではなかったけれど、地下ではある。それなら此処から先こそ、死者の国なのではないだろうか。此処にはただ、死者の国から地表へ出てきただけの炎が揺らめいているだけで。


 そんな想像をしたけれど行って見ないことには分かることではない。だから私も意を決して地下への階段へ足を進めた。焼け崩れた建物はすっかり冷え切って、最早燻る煙も上げてはいない。剥き出しになった階段は少しだけ煤が落ちているようだった。


 灯りのない地下は、けれど炎が通ることで周囲をぼんやりと照らしている。急に消えれば困るだろうけれど取り敢えず今は見えていた。扉を開けることなく、炎はその向こうへと消えていく。宴を催していたその部屋の扉を私もそっと、開いた。


「……!」


 オリガの息を呑む音が聞こえる。私も同じ音を発していた。宴の会場となっていた地下の部屋は大人数が入れるほどの広さではあった。けれど、これは。


「道、が……」


 ずっと奥へと道が続いている。広い部屋はなく、人ひとりが通れるような道がただ長く、長く。少し先を両親が進んでいた。向こうからやってくるような灯りは見えない。ただ、細く狭い通路で見通しも悪いからよく見えないだけかもしれないけれど。


「進みますか?」


 オリガが選択を委ねてくる。何処へ続くか判らない道を彼女を連れて行くのは無謀かもしれない。けれど、戻っても何か見つかるかは判らない。まだ儀式の場所にも行っていないし、調べ尽くせたわけでもないけれど。


「進んでも良いですか」


 私は自分の希望を含ませてオリガに確認する。構いません、と彼女は頷いた。


 少なくとも此処で両親を見失えば再び見つけられる保証はない。二人を追いたい気持ちを優先して、私は通路の先へと足を進めた。



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