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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
11章 火群の回廊
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3 魔法の遅れた国ですが


「時に皇帝陛下、この春のような陽気をどのようにお考えで?」


 暗い道をオリガのランタンひとつで進みながらロディが尋ねる。それでも周囲の警戒は怠らず、口調ばかりは気軽に問いかけるのはロディならではのように感じた。相手が誰でもロディが臆することはなさそうだ。


 案の定オリガは一瞬驚いたように口ごもり、それから間髪入れずにすぐ答える。これも流石の手腕に私には思えた。


「このようなことはこれまでありませんでした。恐らく宮にいる旧きを知る者さえ答えは持たないでしょう」


 宮にいない旧きを知る者は村人のことだ。誰もが怯えた様子だったからオリガはそう言ったのかもしれない。知っていれば、そしてそれが歓迎されないことであるほど村を焼き払ったオリガの統治を覆す材料になる。此処に来て黙っていることはないはずだ、と彼女が考えていることが窺われた。


「旅の者、あなたにならそれが判る?」


 薄氷の目が試すように見て、ロディはそれにカラリと笑った。判るとも、と出し渋らずに答えるから流石のオリガも拍子抜けした様子を明らかに見せた。


「キミと駆け引きをするつもりはないんだ。したところでボクらに利点がないからね。それにライラにも教えた。ボクが答えなくてもライラが教えるだろう?」


「わ、私そんな簡単に喋ったりしないわ」


 駆け引きの材料になるような内容をぽんぽん喋りそうに見えているのだろうか、と思って私は慌てて弁明した。でもそれが駆け引きの材料になるとは思っていなかったから、言われなかったら言っていたかもしれないとは思う。


「それで彼女が困っていたとしても?」


「う、それは……その……」


 ロディに優しく問い詰められて私は答えに詰まった。ロディなら、オリガが困っていても駆け引きの材料になると思えば安易に教えたりしないのだろう。交渉のために取引を持ちかけるのかもしれない。でも私は、そんなことを考える前に教えてしまいそうなのは自分でも否定できなかった。


「まぁ、あなた、随分とお人好しなのね」


 オリガに可哀想なものを見る目を向けられたような気がしたけれど私は更に返す言葉を持たなかった。ううう、と苦しい呻き声が口の端から漏れただけだ。はは、とロディが笑う。


「ライラの良いところだからね。責められるものではないよ。変質しなくて済むならそれに越したことはない。

 これはね、皇帝陛下。呪いだ」


 呪い、とオリガはロディの言葉を繰り返した。その声に感情は乗っておらず、どのように捉えたかを窺い知るのは困難だ。けれど次の瞬間には、はぁ、とオリガは溜息を吐く。


「わたくし、また呪われてしまったのね」


「また? キミにかかっている呪いはまぁいくつかあるけど、普段の生活で影響しそうなのはあの魔物を倒した時のものだよ」


「え」


 オリガは驚いた様子でロディを見上げた。見えるの、と問うた声は掠れていて女帝と言うよりもただの少女だった。ロディはそれを受け止めて、判るのさ、と答える。


「この国は旧い歴史を持つ割に魔法の発展が遅れている。魔法を使う者は皆、魔術師じゃない、魔法使いだ。この意味が解るかな、オリガ皇帝陛下」


 教えてもらった私は知っているけれど、オリガは違うのだろう。いいえ、と素直に首を振った。


「魔法を使う者は全て、自分の命を燃やしている、ということだよ。負担が大きくなれば命が減る。今日の戦闘のような時には特に」


 ロディの穏やかな声とは裏腹な言葉にオリガも表情を変えた。謀っているのではと訝るような視線を向けられてもロディは穏やかな表情を崩さない。心当たりはないかい、とロディが続けた。


「魔法を使う者、その訓練だってキミはしたんだろう。魔法を扱う者ほど早く離脱しないかい? 訓練程度なら大したことはないかもしれないけど、魔力量は人によって上限が違う。同じ内容でもすぐ息切れする者、平気な者、様々だ。適切な訓練なら魔力量の上昇が見込まれることもあるけど、武器といった軍事的には優れていても魔法については遅れているようだからね、いたとしても手応えが感じられるほどではなかったはずだ」


「……」


 否定しないのはオリガにも心当たりがあるからかもしれない。ロディは構わずに話を続けた。


「それを理屈は別として感覚的にでも解っているから今日の戦闘で魔法使いは援護に徹させた。正しい判断だ。それでもああいった場では無意識に火力を出そうとするものだからね。思っている以上に消耗しているはずだよ。充分な休息をあげてほしいね」


 ──ただし、魔法は使わないこと。キミら、魔術じゃなく魔法を使うと命を縮めるよ。


 ──思っている三倍、魔力を消費していると考えた方が良い。


 村の炎を消した後、怪鳥を前にロディは護衛の魔法使いにそう指示していた。オリガも彼の言葉は聞いている。嘘偽りではない、と判断したのかオリガは頷いた。わたくしの指示に効力があるうちに、と答えたそれを充分だとロディは微笑んで頷く。


「魔法と同じで、命を使ってかけるものが呪いだ。また、魔法と同じで体系だっていれば手順を踏めばかけられるのも呪いだ。命ひとつを使ってかけられた魔物の呪いの次に強いのはそうだな、あの絵描きの呪いがかけられているね。彼の場合は魔力を絵に込めたんだろう。彼、実年齢より歳を食っているんじゃないかい? キミはその呪いに気付きながら彼を放置している。キミなら取り除けただろうに敢えて受け入れている……違わないと思うけど、皆の前で明かしてしまったね」


 ごめんごめん、とロディは悪びれずに謝った。わざとのくせに、とセシルが呟き、ラスが溜息を吐く。私は驚いたけれど、オリガはこれにも心当たりがあるのか目を伏せただけだ。長い睫毛が彼女の持つランタンの灯りを受けて白い頬に影を落とす。


「……その呪いが、わたしを夜な夜な目覚めさせるの……?」


 問いかける声はひどく心細そうに、震えていた。



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