6 緊張感に包まれるのですが
馬屋に乗ってきた馬を繋ぎながら、私はラフカ村を眺める。木造の家々は丘の上で見た時よりも今は陽が沈んでオレンジの夕陽に照らされていた。昼間の忙しさから夜が訪れるまでのこの時間に緊張が駆け足で村を包んでいるような気がする。空気がピリピリと頬を裂いていきそうだ。
黄昏の向こうからやってくる魔物に村全体が怯えている。それなのに誰にも助けを求めず、かといって村の中で対処ができる人もおらず、ただ刈入れ時の作物を世話した後は家に閉じこもる。でも、用心棒を頼むお金もなく、収穫準備も進めなくてはならず、昼間は魔物が襲って来ないとしたら昼間のうちに多くの作業を終えてしまいたいと思うだろう。もしもそうなら私はその気持ちが少し分かる気がした。ビレ村もとてもじゃないけどお金がないから。
テオが村人に業を煮やすのも分からないではない。まだ大人なら何でもできると思っている年頃だ。自分が住む村や畑を荒らされれば、テオのように怒るのが自然な反応だと思う。けれどきっと、そうできない事情が村にある。私にその理由は分からないけど。
「こっちだ」
面々が馬屋に馬を繋いだのを確認すると、テオが身振りで示して歩き出した。その後をエルマがついていく。私達も彼らを追って馬屋から出た。
畑から村人が戻ってくる。村人とすれ違いながら私達は進むけど、誰もが会釈をして通り過ぎるだけだ。旅人を警戒しているのか、それとも頼らないと決めているのか。関わることを避けているように小さく会釈をしては足早に過ぎ去っていく。誰も話しかけてこないし、テオやエルマも話しかけない。
テオは足早に畑へ向かった。畑までは足を踏み入れず、畑に一番近い建物に入るから私達も続く。納屋のような小さな建物は最低限の家具だけが置かれた、誰かが暮らす家だった。
「さて、ここがオレ達の家だ」
テオがくるりと振り返って言う。小さな家は五人で入ると圧迫感を覚えた。
私達はかなり窮屈な思いをしながらぐるりと見渡した。相当な年季が入っている古い木造の建物だ。長年の風雨に耐え、家人を守ってきた壁や屋根はそろそろ限界を迎えそうなほど老朽化している。僅かな明かり取りの窓からは西日が入ってきて室内もオレンジ色に染めていた。テオの赤毛が更に赤さを増して、キラキラと輝いていた。
「荷物を置いたら魔物が出る畑へ案内する。お前らの腕が頼りだ。頼んだぜ」
ラスとロディはお互いに顔を見合わせた。私はまだ家の中を見ていたけれど、テオの言葉を聞いて複雑な思いがした。
私は戦闘向きじゃない。敵と対峙するとしたらラスが主軸で、ロディが魔法で補助をすることになる。けれどもしもラフカ村を襲う魔物が、あの魔物使いの少年の力によるものだとしたら、私が頑張らなければならない。そうしないと、彼に傷もつけられないから。
ラスやロディに頼り切りなのも、自分に圧し掛かる役目の重さに拍車をかける。割り切って役割分担をしたはずなのに。考えたって悩んだって落ち込んだって急に戦闘向きの“適性”がつくわけじゃない。そうだ、モーブにも言われた。自分にできることを、と。
「良いよ。早速行こう。案内して」
ラスが装備を整えてテオに声をかける。ロディも微笑んで頷いた。私は慌てて鞄を下ろして留め金を外す。中でコトがもぞもぞと動く手応えはあったけれど、出て来る気配はなかったのでそのままにして私も二人に続いて外へ出た。
「あっちの方角だ」
テオは黄金の穂が風にたなびく畑の向こうを指差した。丘の上で見た時、テオが指す方角は真っ黒に大地の恵みが切り取られていたことを思い出して私は眉根を寄せる。
「ずっとあの場所から村の方へ進んでくる。いつも同じだ。ずっと向こうから来て、向こうへ帰っていく。巣があるんだろうけど、今日はもう向こうからやってくる時間になる。追い返すか、倒してほしい」
テオの言葉を聞いてラスとロディは頷いた。分かったよ、とロディが返す。
「キミ達はどうするんだい? ついてくる?」
テオとエルマ以外に私も含まれている気がして私は咄嗟に頷いていた。テオも間髪入れずに頷く。ただ、エルマはまたびくりと肩を震わせて返事を躊躇った。
「……此処にいても良いぜ、エルマ」
テオがエルマを気遣って声をかけた。優しい声で私は思わずテオをじっと見る。でもテオはエルマの顔を向いていて、私の視線には気づかなかったようだ。
「……行く」
エルマが小さく自分の意志を口にする。分かった、とラスが今度は答える。
「ただ、かなり後方にいた方が良いだろうね。魔物の目に映らないくらい距離を取ってもらえば多分、あたし達も対処しやすい」
「念のため、キミ達には守りの魔法をかけていくけどね。誰かひとりでも守りの外へ出れば効果は消えてしまうから、気を付けて」
ロディが表情は穏やかながら声は真剣さを帯びて私達に告げる。テオは自分の剣を確かめるように肩を揺らし、エルマは手にしたばかりの杖をぐっと握ったのが私の視界の隅に入った。私も真剣に頷き返せば、よし、とロディは口角を上げた。
「それじゃ、行くとしようか」
オレンジ色が強くなる黄金の穂が垂れる畑の中へ、魔物と対峙するために私達は足を踏み出した。




