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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
10章 薄氷の翼

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21 村の火ですが


 ラスが怪鳥の嘴を受け止め、後を追いかけたオリガの兵が鉤爪を受ける。羽搏く力が強いのか踏ん張っているのが此処から見ていても分かった。飛ばされないよう体重をかけて剣に重さを預けている。その後ろで意識を飛ばして仰向けにひっくり返る兵を掴んだパーヴェルと援護の兵がずりずりとこちらに戻ってこようとしていた。


 阻まれて狙い定めた獲物に嘴が届かないばかりか連れて行かれようとしているのを見て怪鳥は何度か鋭い声を挙げた。流石に警戒しているせいか至近距離でその声を聞いてラスたちが意識を飛ばすことはない。同じくらいの雄叫びを挙げて相殺しようとしているようだ。


 拮抗する力は物理的なものだけに限らない。オリガの護衛を務める魔法使いから放たれる魔法も怪鳥の羽搏きで送られる熱風を押し留めているようだった。風の魔法はラスたちの身を守り、雄叫びを挙げる喉が焼けないようにしてくれているのだろう。


「……あの魔物、火に強いんだ。風も一定の効果はあるけど……お姉さん」


 私の腰にまだ腕を回して引き留めているセシルが呼ぶから私は視線をセシルに向けた。セシルは怪鳥をじっと見据えている。嵐の色をしたその目は魔物使いとして怪鳥を観察しているように見えた。


「多分この火、消さないとダメだ。炎の娘と呼ばれるのにはちゃんと理由があるんだよ」


 セシルは私を真っ直ぐに見上げて訴えた。私は頷く。魔物使いの“適性”が天職の彼が言うならそうなのだろう。どうしたら良い、と尋ねればバフルの力を貸して、とセシルは囁くように答えた。


「一瞬で良い。そんなに長く出せないけど、村の火を消すだけでも全然違うはずだから」


 セシルは湖の大蛇を喚び出すつもりなのだろう。確かにあの召喚術はセシルの魔力や体力を根こそぎ持っていってしまうから長く出すことはまだ難しいけれど、村の火を消すだけならできるかもしれない。バフル自身もそうできる可能性があるのはセシルとロディだと言っていたから。


「そうすればロディの手も空く。僕が使い物にならなくなっても、お姉さんは大丈夫」


「セシル……」


 守られてばかりではいたくないけれど、身を守る方法がほとんどないのも事実で私は続ける言葉を持たなかった。ごめんねもありがとうも違う。だから私はバフルを呼んだ。やるなら早い方が良いだろう。


「セシルに力を貸してあげて」


「お前の歌を長く聴けるなら(やぶさ)かではないな」


「休憩はさせてね」


 バフルに今も身を守ってもらっている私は休みなしで歌わされそうな気がして思わず苦笑した。求めてくれるならいくらでも歌いたいけれど、休憩しないと流石に喉が枯れてしまう。バフルはその辺がよく分かっていないようだから言っておかないとやりかねない。


 バフルが動いて、セシルが大蛇を喚び出す。誰もが大きな魔力の流れに注意を向けた気がした。私には魔力のことはよく判らないけれど、契約しているからなのかバフルが動くのは分かった。それに合わせてセシルが目に見えて集中していた。召喚術には相当な集中力が必要なのだろう。


「気を取られない! 相手は魔物! 集中なさい!」


 オリガの叱責が飛んだ。セシルに一瞬でも注意が向いた者たちはその声に気を引き締めただろう。同時に前線に立っているからこそ背後が見えない者に味方の動きであることも伝わったはずだ。何かをしようとはしているけれど、それに気を取られて魔物を逃したり反撃に合うようなことがないようにとオリガが締めたのだ。


 凄い、と思わず心の中で称賛した。全体を見て指揮をするということは兵の気持ちの動きにも敏感な必要があるのだろう。動くのは人だからこそ、何が起きればどう考えるかをオリガは解っている。それをどうすれば安心させられるかも。


 前は三秒長く出せた、と言っていたセシルの大蛇は空中に現れると湖から連れてきたのだろうかと思うほど大量の水を村全体に降り注いだ。燃え盛っていた炎は抵抗虚しく小さくなり燻るも燃えることはできずに黒焦げた建物の残骸を露わにした。怪鳥は現れた大蛇に警告するような鳴き声をあげたものの、大蛇は聞こえなかったように反応しない。最後にセシルを優しい眼差しで見つめ、現れた時と同じく唐突に掻き消えた。


「はぁ、はぁ……っ」


 セシルは肩で大きな息をし、荒い呼吸を繰り返す。以前は砂浜に仰向けに倒れていたけれど戦場の此処ではそうもできないのだろう。両膝を両手で掴んで屈み込み、油断なく周囲を見回している。多くの魔力を使って体力も持って行かれては耳もよくは聞こえないのかもしれない。目だけで安全を確認しようとしているようで、私は思わずセシルの肩を支えていた。


「お疲れ様、セシル。火は消えたわ。ありがとう」


 聞こえにくいかもしれなくても伝えた私をセシルは驚いたように見上げ、それから困ったように笑った。ロディが村人を守る必要がなくなりこちらに駆けてくるのが見える。怪鳥が怒りに声をあげるのが右側から聞こえて私はそちらへ視線を向ける。ラスやオリガの兵たちが張り合いながら相変わらずその嘴や鉤爪を受け、パーヴェルはオリガの元へ帰り着いていた。セシルと同じように全力を出したのか肩で息をしながら怪鳥を振り返っている。


「やぁやぁ、お疲れ様。後はボクの仕事だね。あぁ、キミたちはそのまま。何かしていないと落ち着かないなら彼らの看護をしてあげると良い。ただし、魔法は使わないこと。キミら、魔術じゃなく魔法を使うと命を縮めるよ」


 オリガの護衛を務める魔法使いにロディはにこやかに言う。そうか、と私は気づいた。彼らは杖を使っていない。石を通さずに使う魔法は命を削ることに等しいとロディがラフカ村の魔術師見習いの少女に教えたことを思い出した。此処じゃ宝石は取れないかもしれないけど、とロディは続けた。


「普段の訓練くらいなら良くても戦場は別だ。思っている三倍、魔力を消費していると考えた方が良い。後はボクらに任せて。もうライラとセシルが村の火を消してくれたからね。ボクだけ何もしないわけにはいかない」


 何もしていないわけはないのだけれど、そう言って笑ったロディは余裕に満ちていて多くの戦場を経験してきたことが誰の目にも明らかだった。そう、と答えたのはオリガだ。


「旅の魔術師、この国を助ける理由があるとは思えませんけれど」


「なに、ライラがとても世話になったようだからね。ほんの挨拶だよ」


 目を細めたロディの表情は穏やかなのに決して笑んではいないことに気がついたのは、その顔を見た者だけだっただろう。私は思わず息を呑んだのだった。



2023/09/24の夕方:更新してすぐに誤字らに気づくのは何なん…?ということで誤字ら修正済みです!

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