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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
10章 薄氷の翼

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18 地下からの脱出ですが


「アレクセイが……オリガ様の……?」


 私は思わず彼女の言葉を繰り返していた。アレクセイの母親は即ちオリガの母親ということになる。そしてこの村に血縁者がいるのにオリガは焼き払おうとしているということにも。


「気になる話だけど、今は此処を早く出た方が良い。出た先に女帝がいるなら直接訊けば済む話だからね」


 ロディの冷静な声に私は外がどうなっているかを思い出した。ロディに負担をかけることになるから火の手が回り切る前に脱出しなくてはならない。私は頷いて村人たちに声をかけた。


「ロディの言う通りです。此処にいたら火に巻かれてしまうわ。早く、上へ」


「守ってあげられるのは火からだけだ。煙を吸わないように気をつけて」


 ラスが先頭に、次を私、セシルが私の後ろにぴったりと張り付いてアレクセイの母親から距離を取らせた。その後ろに村人たちが続いて最後をロディが務める。ぞろぞろと縦に連なって外へ出るしかなく、ラスは油断なく神経を研ぎ澄ませて階段を上がって行った。


「……ライラ、オリガの軍はどれくらい?」


「全員の姿を見たわけじゃないの。護衛が二人残っていたわ。でも此処へ来るまでの距離ではひとりも遭遇しなかった。少数精鋭とはパーヴェルが言っていたけど……」


「パーヴェルが来てるの?」


 ラスの質問に答えたら背後でセシルが驚いた声をあげた。ええ、と私は頷く。儀式で何があったか掻い摘んで説明すれば、セシルが不機嫌そうに息を吐くのが聞こえた。


「女帝に賛成。こんな村、早く潰した方が良いと思う。“炎の娘”は僕も知ってる魔物だ。パーヴェルの妹が襲われるところを見てたから」


 セシルの声は淡々としていた。魔物と絆を結び占い師のアマンダに面倒を見てもらったと言っていた頃のことだろうか。少年の今よりも更に幼い頃。生きるためには何でもしてきたと話した彼の、過酷な時期かもしれない。そんな光景を見ても眉ひとつ動かさず、パーヴェルに絵の題材にさせて欲しいと頼まれ承諾した五年前。


「あんまり会いたくなかったけど、まぁ仕方ないか」


 セシルは諦めたように再び息を吐く。あれ、と私は夢の中で見たパーヴェルとセシルの二人と今の二人とを思い浮かべて首を傾げた。夢の中のパーヴェルはまだ少年と青年の間のようだったのに、今のパーヴェルはその倍を生きてきたように見える。同じ五年なのにどうしてだろう、と疑問には思ったけれどそれを考える前に出口に近づいた。


「開けたら攻撃されてもおかしくはないよ。ライラ、バフルによく言っておくんだね」


「よろしくね、バフル」


 承知した、とバフルの返答はあったけれど二人には聞こえなかったのだろう。バフルの返答に対しては何も言わず、私の様子を確かめてから戦闘態勢に入る。剣を握り直し、ラスは私とセシルに目配せした。私は頷き、それを見たラスが扉を開いた。


 熱がさっきよりも近づいているのが判る。う、とラスは小さく呻くと口元を咄嗟に片手の甲で覆った。白ばかりだった景色は今や赤々と燃えていて、朝とは様相を変えている。目で見える範囲に兵の姿はない。ラスがそろそろと人が通れるほどに扉を開いて様子を窺いながら外へ出た。


「乾燥してるから火の回りが早いんだ。急いだ方が良いね」


 ラスに続いて出た私にセシルが呟いた。私は頷いて続々と出てくる村人たちを待つ。最後にロディが出てきて、何かを呟きながら杖を振った。水の魔法を強めたのだろうか。見た目には変化はないけれど、感じる熱は遠かった気がした。


「通り道は一本だけ。あぁ、あれか、オリガだ」


 ラスが目を細めて見た先には私が見た時と少しも位置を変えていない場所にオリガが立っていた。護衛が二人、パーヴェルが傍に立っている。少数精鋭の部隊の姿はない。周囲に身を隠しているのだろうか。何処に潜んでいるか判らない上にこちらは村人の方が多い。オリガがもし村の人も消し去ろうとしているなら守るこちらとしては分が悪い。


「どうする? 近付いてみる?」


「どの道この炎から逃げる道は此処しかないわ」


「そりゃそうだ」


 ラスが笑い、私たちはオリガに向かって進んだ。無防備に進むには抵抗があるけれど、武器を構えたままではどうなるか判らない。それでももしもに備え、お互いの攻撃範囲に入らないところまではラスは剣を握ったまま進む。セシルは異を唱えなかったし、私もそうした方が良いと思うから何も言わなかった。


 オリガは背筋を伸ばして私たちが近づくのを見ていた。薄氷の色を映す目をこの距離で見ることはできない。けれど固く引き結んだ唇が緊張しているのは表情に出ていて判った。


 まだ、彼女が迷ってくれているならと私は期待した。村は潰しても人まで潰す必要はない。この場所に村をもう作らせないと言うなら散開させれば良い。方法はあるはずだ。彼女には思い留まってほしい。その手で、その口で、奪う指示を出さないでほしい。


「オリガ!」


 背後からオリガを呼ぶ声がした。アレクセイの母親だ。彼女の言を信じるならオリガの母親でもあるのだろう。信じられないとばかりに瞠目した目は驚愕に彩られ、憤怒と絶望に揺らいでいるよろよろと進み出て両腕を縋るように伸ばした。


「お前、何てことをしたんだい……アレクセイは、アレクセイはどうした……!」


 拘束しようと動く護衛を制してオリガは老婆を真っ直ぐに見た。何かあればラスが飛び出せるように体を緊張させているのが隣にいる私にも解った。


「あの吟遊詩人は儀式の場に残してきました。行くも戻るもあの人次第。此度の襲撃はわたくしがひとりで計画したもの。このマーラ・エノトイースは解体します。儀式は今回限りで中止。未来永劫行うことは許しません。この村を潰した後、“炎の娘”討伐に向かいます」


 冷たい、氷のような声だった。老婆は打ちひしがれて膝をつき、おいおいと泣き始める。それに手を差し伸べるでも声をかけるでもなく、オリガはただ冷たく見下ろした。二人のやり取りが不敬と断じられず行われること自体が老婆の言葉が真実であることの証明で、私は固唾を飲んで見守るしかできない。


「この国は揺らぐでしょう。わたくしは投獄されるかもしれません。あの吟遊詩人も血筋が知られればどうなるか分かりません。この村の人が帝の座を継ぐことはないでしょう。氷の帝王の血筋は濃くなりすぎた。この国には新たな風が必要なのです。春のような、穏やかな人が」


 まだ見出せてはいませんけれど、とオリガは苦笑した。唇を歪めるような笑い方だった。


「滅びるならそれもまた良し。民を犠牲にする儀式を続けるくらいなら滅んだ方が良いのです。民の多くを逃し、潰えましょう。この国を愛したあなた方なら喜んで亡国に沈むのでしょうから」


 国が滅ぶ瞬間を私は目撃することになるのかもしれない。私は不安にひとつ、身震いした。



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