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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
10章 薄氷の翼
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15 相容れないものですが


「オリガ様が、あの村を攻撃しているの……?」


 信じられない思いで確かめれば、パーヴェルははっきりと頷いた。その表情に怯えも恐怖もなくて、私だけが感じているのだと判る。そんなのは乱心だ。彼女がそんな凶行に及ぶなんて考えていなかった。


「どうして」


「判らないかい?」


 燃える屋根を見ていたパーヴェルが私をじっと見る。彼の目は冷静だった。理解できずに焦燥感だけを持て余している私よりも、よっぽど。


「もっと単純に考えて良いんだ、歌姫さん。あなただってあの村の犠牲者だ。身を守る機能のない衣装はあの魔物があなたを食べやすいようにと用意されたもの。自分だけは魔物避けを張って安全な場所から生贄を捧げて、この国の礎にしようとした人間のいる村なんて──なくなった方がこの国のためになる」


「……いいえ」


 真っ直ぐで、心の底からそう信じているような声で言うパーヴェルが恐ろしかった。私も信じてしまいそうな説得力のある声だ。私を案じてくれたような言葉は、確かに事実を指しているのかもしれない。私は生贄で、この雪山を歩くにはおよそ向いていない衣装を儀式のためと渡されて。音を立て、大きな身振りで舞い踊る私はさぞ見つけやすかっただろう。それ自体は悲しいことだ。もしも私が騙されていて、パーヴェルの言うことが真実だったなら。でも。


「どんな人でも、なんて、そんなことは言えないけど。でもこれは間違っていると思う。貴方があの村を憎むのは、その……理由は解るような気がするけど。貴方があの村を壊したいと思っても、酷い目に遭えば良いと思っても、仕様のないくらいの出来事だったと思うけど。でも、彼女は」


 オリガは女帝だ。この国の代表となる者だ。彼女がこの国で会うのは旅人を除けば全て、民なのに。


「オリガ様があんなことをするのを貴方は知っていて黙っていたの? 許したの?」


「……」


 それを許さないなら止めただろう。止めるなんてとんでもない、とパーヴェルは思っているのか口を噤んだ。私だってこの国には立ち寄っただけだ。口を出す権利なんてない。でも、国を守りたいと思っている彼女がこんな行為に手を染めているのを黙って見ているなんて、私にはできなかった。


 命の選別を行いながら国を守る者である意識を持つオリガはちゃんと、国は民がいなければ成り立たないことも解っていた。


「オリガ様にあんなことさせたくない。国を守る人が国である民を手にかけるなんて、そんなの」


「……どうするつもりだい」


 パーヴェルは走り出したものを止められないことを知っているように、私を諭そうとするような声で尋ねた。もう起きてしまったことを防ぐことはできないし、打つ手なんてない。そんなことは私にだって解っている。でも、だからといって諦めたくない。まだ何かできるかもしれないのにそれを見逃していきたくない。だから。


「止めるわ。始めたことをなかったことには勿論できないけど、途中で止めることはできる。取り返しがつかないことになる前に、早く」


「彼女は後悔なんてしないよ。あなたには止められない。そんな覚悟であんなことはしないだろう」


 パーヴェルは眉根を寄せて苛立ったように返した。その様子を見てしまったら私はまだ可能性があるんじゃないかと期待してしまう。苛立つのは自分でもその可能性を感じて否定しようとするからだ。だから私はパーヴェルを真っ直ぐに見た。


「それはオリガ様が決めることよ」


「っ」


 パーヴェルが息を呑んだ瞬間に、私は期待して駆け出した。慌てた声をあげてパーヴェルがついてくる。意外だった。山の斜面を駆け降りるなんて躊躇すると思っていたのに。


 雪山を滑り降りるなんてやったことないしどんな危険があるかも判らない。でも木立に入ってしまっていて歩いてきた道に戻る方向は判らないし、村なら見えている。こんな時でもなければ山育ちの私が選ぶ方法ではない。よく知らない山でやるなんてそんなの、危険なことの方が多いだろう。


 でもオリガのことを考えたら足は勝手に動いていた。走り出したことも後悔はしていない。村がどういう状態か、遠目に見えるだけでも取り返しがつくかは分からないけど。でも。


 建物ならまた、建てれば良い。この山(あい)での建築がどれだけ大変なことか私には想像もつかないけど、人の命を失くすよりはまだ、何とかなると思える。


 焼けて崩れ落ちてしまえば思い出も一緒に失われるだろう。全く同じ家が建てられたとしても、柱につけた傷や天井の染みまでは蘇らない。でも其処に住む人がいなくなってしまえば家がいくつあったって意味はない。国からひとつの村を消す行為がどれほどのものか、オリガなら解るだろうに。


 パーヴェルが言うように相当な決意のもとで行われていることなのだろう。女帝として国を守ると言いながらその口でこの村への進軍を指示したのだから。それを決意するだけの理由と、踏み出す葛藤があったに違いない。止める人は彼女の周りにひとりもいないだろうか。誰かが止めてもこの進軍を決めたのだ。村の人だってもしかしたら嘆願しているかもしれない。私が言ったところでどうにかなる問題ではないのかもしれない。


 でもそのどれも、まだ確かめたわけではないから。


 村にはロディやラス、セシルもいるのだ。村の人たちと一緒に地下で宴を楽しんでいる。この事態に彼らが対応しないわけはなく、下手をしたらオリガの軍と対峙することだってあるかもしれない。そんなことは避けたかった。


「オリガ様……!」


 木立から抜けて村に辿り着いた私は口を開く。木立から突然現れた私を驚いた表情で見つめたのは、すらりとした体躯を軍着に包んで指揮しながら立つ、オリガだった。



2023/08/19の夜:誤字らを召喚していることに気づいたのでこそっと修正しておきました! 失礼しました!

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