5 ラフカ村へ辿り着いたのですが
外に出ると、ラスとテオが馬を連れて待っていた。私達がエルマの杖選びをしている間に乗る馬を借りてきてくれたらしい。
「ライラ、乗馬の経験は?」
ラスに尋ねられて、私はあると返す。山村での働き手は馬だったから、母に教わって子どもの頃はよく乗っていた。その馬も私が子どものうちに老いて天寿を全うした。私の良き友達でもあったから、私は目を真っ赤に泣き腫らして何日もわーわー泣いた。
ラスには移動中の戦闘のことも考えて、ロディと同乗してほしいと言われたから、構わない旨を返す。確かにパロッコのくれた頭飾りがあるとはいえ馬上で狙われては、舞踏を披露する機会なく倒れそうだった。
「おや、エルマはテオに杖を見せたのかい?」
支払いを済ませて店から出てきたロディが開口一番に誰ともなしに尋ねた。エルマはまたびくりと肩を震わせてテオの後ろに隠れてしまったが、テオはにかっと年相応の顔で笑った。
「お前が綺麗な宝石をつけてくれたんだってな。礼を言うぜ」
「いやいや、先輩魔術師として当然のことをしたまでだよ」
エルマはロディが店内で言ったようなことをテオに言いはしないかと心配している様子だった。でもロディがにっこりと笑って、流石のロディも本人に直接言うような真似はしなさそうと思うと少しずつ警戒した肩が下りていった。
「もう此処で必要なものはないか? すぐにでも出発したい」
テオが急かすように皆に声をかける。私達は顔を見合わせて頷いた。よし、とテオも頷くと馬を引いて街の西側の出入り口へ向かう。私達はその後について行って、街を出てすぐに馬に乗った。
コトはふさふさ尻尾をくるりと丸めて私の肩かけの鞄に入り込む。鹿毛の馬は乗られ慣れているようで大人しかった。私とロディが乗ってもなんのその、力強く地面を駆ける。先頭を走って道案内をするテオとエルマの乗る馬に、護衛も兼ねてラスの乗った馬が並走する。私とロディが乗る鹿毛はその後をついて行った。
「上手だね、ライラ」
私の後ろに座ったロディが声をかけるから、私は少しだけ振り返って笑う。長い髪の毛は纏めたから、ロディの視界も奪っていないはずだ。
「子どもの頃はよく乗っていたから。まだ体が覚えていて良か――きゃっ」
私の視界が揺れた。落馬する、と思った私の喉が恐怖でヒュッと小さく鳴る。けれど私は落ちなかった。手綱を取っていた片手を離し、バランスを崩しかけた私の腰を咄嗟に支えてくれたロディが苦笑する。私の頭はぽすん、とロディの胸におさまった。
「急に振り返ると危ないよ。いや、急に話しかけたボクも短慮だった」
ロディが片手で器用に手綱を操ってくれたからか、馬もあまり動揺しなかった。私は謝りながら慌ててロディから離れる。恐怖と驚きで心臓がバクバクいっているのが自分でも分かった。
「大丈夫? 少し離れてしまったから速度を上げるよ」
ロディが気遣ってくれる言葉に頷くと、馬は速度を上げた。風の抵抗が強くなって私の顔にびゅうびゅうと吹き付ける。私とロディのローブはバサバサと音を立ててはためいて、耳元でもごうごうと風が唸る音が強くなる。でもみるみるうちにテオやラスに近づいて、ロディの指示で速度はまた先ほどと同じくらいまでに落とした。
前を駆ける馬が起こす土埃を避ける位置につけて走りながら、ロディが声を張って前を走るテオに尋ねた。
「まだ着かないのかい?」
「もうそろそろだ。休憩なしでお前ら凄いな!」
テオが嬉しそうな声で答える。色づいた林を抜け、小高い丘を登り、テオは速度を緩めた。駆けてきた馬たちが首を振り、鼻を鳴らす。それをそれぞれ宥めながら、眼下に広がる村と畑に感嘆の声を漏らした。
傾き始めてオレンジ色になった陽の光を受け、私達の生活を支えてくれる黄金の穂が風になびいて揺れる。村人が総出に近いのではと思う程の人数で世話をしているのか、黄金の波にちらほらと人が動いているのがよく見えた。
何処までも広がるように見えたその大地の恵は、けれどあるところを境に真っ黒に切り取られていた。地面が突然現れたようにも、煤けたようにも、どちらにも見える。私が驚いてテオとエルマを見ると、二人は真っ直ぐにその部分を見つめていた。
「収穫は間近だ。でも、それを許さないように魔物があの辺に現れて荒していくんだ」
テオの静かな声が冷たさを伴って私の胸に届いた。沢山の感情を押し殺した彼の声は、憎悪している。魔物を、対処できない大人を。
「時間がない。案内するからついてきてくれ」
テオとエルマが乗った馬は方向を変え、速度を落とした足で村に行くため丘を下りだした。ラスも手綱を操って進み、私とロディが乗る馬も後に続いた。陽が落ちれば魔物が来る。それに対応するために、私達はラフカ村へ訪れたのだった。




