14 政の中枢ですが
「ぼくに……できると思う?」
パーヴェルは疲れたように苦笑した。自分にはできるわけがないと思っている声だ。彼がそう思っていることは私にも解っていた。討伐するなら彼はきっと、武器を持ってきている。でも彼は手ぶらだ。
「……信じていないのは、貴方だわ」
私の返答にパーヴェルは首を傾げて、少し楽しそうに笑った。
「もしかして歌姫さんは信じてる?」
「最初から最後までひとりでやる必要なんてないって思うだけ。止めを刺すのが貴方なら討伐したのは貴方になるわ」
「手柄をぼくがってこと? そういう方法もあるか」
パーヴェルは考えたこともなかったのか、私の返答を聞いてから思案した。魅力的な提案だ、とくすぐったそうに笑う。オリガなら提案しそうな方法だと思うけれど、具体的な討伐方法について話がなかったなら二人は魔物の討伐を口にしつつも違う方向を向いていたことになる。例えば私が考えたくなかった方に。
「……“炎の娘”を討伐したら、国は立ち行かなくなってしまうかしら。寒い日々を越えられなくなってしまう? あの魔物を“炎の娘”と呼んでるって国の皆が知ってるの?」
エノトイースの都で儀式について話していた人たちがあの巨鳥を指して話しているとは思えなかった。知っている人はごくひと握りに限られるのではないか。そうでなければもっと、パーヴェルのように怒る人が現れるように思うのだ。パーヴェルが言うように幼い子どもを生贄に捧げたと長を詰って。
考えたくはないことだけれど私が本当に生贄に選ばれたとしたなら。その意味は国民から生贄を出したくないと思ったからに外ならない。アレクセイの言う今回は見つからないかと思ったは、国の外から生贄を連れて帰れないかと思ったという意味なら。
それの是非は別として国の中から選ぶつもりなどないという表れのように思うから。
「儀式の詳細を知る人は少ない。マーラ・エノトイースと女帝だけが知る内容だ。通常の祭事を司る官さえ管轄外で宮にはいない。この儀式だけはマーラ・エノトイースに全ての権利が与えられているんだよ」
「全ての……?」
政に詳しくはない私にもそれが妙なことであることは解った。国にとって重要な儀式であるのに担当者は宮にはおらず、その一切がひとつの小さな村に一任されているなんて。
オリガがそう取り決めたのならまだ若い女帝だ、その前を知る者はいるだろう。オリガの意思ではなかったとしても同様だ。けれど宮に担当者がいないことに疑問を抱く者がいないなら、制度が変わらないなら、それは以前からずっとそうだったということになる。それが慣しで今までがそうだったからと馴染んでしまっているものであればあるほど、変わることはないのだろう。
でも、と私は考え直す。腑に落ちない。
──国には国の在り方があるの。旧きを善きとする体制も、また。過去の栄華を忘れられず、過去の柵から抜け出せず、後はただ朽ちていくだけのこの国の目を欺くのに、幼い女帝は都合が良いのでしょう。
──白く、白く、粉砂糖のような、氷砂糖のような甘さに融かされて。出来の良い白磁の人形が微笑めば民は誤魔化される。そのように見縊って──この国は瓦解していくのです。わたしにそれを食い止める力はない。
オリガの意思ではなかったとしても、“幼い女帝”を据え置いて欺きながら椅子から動かない存在があるのだろう。そんな風に掌握したがる存在がいて、どうして国の重要な儀式には手を伸ばさないなどということがあるのだろうか。
もしも、逆なら。そう考えて私はハッと息を呑んだ。
「……貴方はどうして村へ行こうとするの?」
私はもう一度パーヴェルに尋ねた。雪に覆われた周囲は音を吸い込んでしまって静かだ。怪鳥の羽搏きも聞こえない。まだ探していないのか、それとも此処まで音は届かないのか。いずれにしても村からも悲鳴があがらないのであれば怪鳥は村へは行っていない。違う村へ向かうことはあるかもしれないけれど。あの大きな翼でなら違う場所へ向かうのもすぐだろう。五年前ももしかしてそうやって、違う場所へ行こうとしていたのかもしれない。
「宮にはない儀式の担当は……あの村なのね? 貴方はそれを知って、どうしようとしているの? あの魔物をあの村へけしかけるつもりなの……?」
「けしかける! それも良いかもしれないね」
そんなつもりはなかったのかパーヴェルが私の言葉に笑った。私を見た栗色の目には切望が滲んでいる。怒りと、憎悪と、悔恨と。そのどれもがずっと彼の中に残り続けていたもののようで私は言葉を呑み込んだ。
「そんなつもりはないよ。ぼくらにはあの魔物を操る方法はないんだ。扇動できるのは精々が人間程度でね」
「人間……?」
パーヴェルの言葉を私が繰り返すと同時に、どぉん、と地響きが伝った。白一色の中に火の手が上がるのが見える。山が燃えているのではない。あの方角は──マーラ・エノトイースの村の方だ。
どぉん、どぉん、と何度も攻撃の音が響き、その度に建物が壊れ火の手が上がるのが見えた。宴の最中の皆は地下にいるだろうけれど、でも。生き埋めにだってなりかねない。あれは魔物ではなく人の攻撃だと私にも判った。
「!」
私が身を乗り出して木立の間から覗き込むとパーヴェルが始まったねと呟く声が聞こえた。パーヴェルは知っていることなのだと私が振り向くと、パーヴェルも村の方を見ていた。私には一瞥もくれずに唇を開く。
「あの村は帝が直轄で管理していて他の誰も官には就かない。帝に守られているから誰も手出しができない」
「で、でも、今あの村は……っ」
攻撃されて、と言おうとして私は気づいた。帝のものであるあの村に手を出せる人は、ひとりしかいない。そしてパーヴェルが此処にいるなら、彼女だって此処にいてもおかしくはないのだと。
「オリガ様の指揮する小軍だよ。数は少ないけど精鋭の集まりだ」
肯定の声が聞こえて私は言葉を失った。
2023/08/06 21時半くらい:誤字らを召喚していたのでこそりと修正!
 




