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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
10章 薄氷の翼
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13 絵を描く理由ですが


「オリガ様と……?」


 疑問を零した私に、あ、とパーヴェルは視線を逸らした。手を組んだは違うか、と独言(ひとりごち)てから私に栗色の視線を戻す。


「脅した、が正しいかな」


「脅した……?」


 疑問が益々深まったばかりの私の顔が面白かったのか、パーヴェルはふわりと笑う。およそ不穏な言葉を吐いた直後とは思えないほど、柔らかく。


「民を、それも子どもをひとり生贄にしておいて何が女帝だと言ってやったんだよ。魔物の侵略に備えるのも良いけど、国の中に棲む魔物の討伐が先なんじゃないかって」


 これまで受けていたパーヴェルの印象とは随分と違うことを言ったのだなと私は目を丸くした。女帝相手にそんなことを口にして罰せられないのは、それが彼女の痛いところを突いた言葉だからなのだろう。


 ──わたしは女帝。命の選別を行う者。国を守る者。けれど国は民なくしては成り立たない。


 ──わたしに選択肢はない。たとえそれで切り捨ててきた命が、恨めしく視線を向けようとも。


 オリガの言葉が耳に蘇る。彼女が雪の夜に零した想いは恐らく本音だった。だからパーヴェルからそんなことがあったと知った彼女はきっと傷ついただろう。


「……でもあなただって、剣を握ることより絵筆を取ることを選んだわ」


「……」


 パーヴェルの表情が翳った。私だって偉そうなことは言えない。勇者の“適性”がそれなりの私にも戦う術はないのだから。でも彼が、数日前の夢の中でも同じことを口にしていた。もう何年もずっと心の中にあるのだろう。彼の言うことが本当なら五年もの間、ずっと。


「オリガ様も同じことを言ったよ。王宮で働く人の適性診断をひとり残らず覚えてるんだ、彼女。本当に驚いた。ぼくに勇者の“適性”があることを歌姫さんは何処で知ったの?」


 夢で、とは言えないから私は心の中でセシルに謝りながら口を開いた。


「あなたを知っている人がいるの。あなたの名前がよく知られるようになった絵の人から」


 へぇ、とパーヴェルは驚き、歌姫さんは彼と知り合いなんだ、と頬を緩めた。パーヴェルにとってセシルはそんな表情を浮かべる相手なのだろう。セシルの方は会いたくないようだけれど。


「彼を描いてから力の使い方を覚えたんだ。それからは絵に魔力を込められるようになった。誰の心にも残るような絵だ。絵が売れ、名前が売れ、ぼくは宮廷画家になった。ずっと絵を描くのが好きなだけだった。でも彼を描いてから、残したい、と思ったんだ。見たものをそのまま残す術が絵しかないから見た通りに残したい。ぼくがいなくなっても絵が残るなら、ぼくが見たものは残り続けるから」


「それは本当に、セシルを描いてから? 妹さんを残そうと思ったのではなくて?」


「……」


 パーヴェルは目を見開いた。今まで考えもしていなかったとばかりに言葉を失い、私をただ見つめる。彼の酷く脆いところに踏み込んだ自覚を持つから私はその目を逸らさずに見つめ返した。


 その絵を見ることはできていないけれど、パーヴェルがセシルを描いたのは事実なのだろう。彼が残したいと思って絵を描くのも。セシルを描いたことをきっかけに魔力を込めて絵を描くようになったことも。でもそれは今や、生命力を削り取るほどのものになっている。


 もしもパーヴェルが魔力を込めることで人の心に残る絵が描けるなら。その代償に描かれた対象者の生命力を削り取ることになるのなら。それを、オリガは感じていたのだとしたら。


 ──それが似ていれば似ているほど、其処に本人はいないのに、絵がまるで本人のように見られ、扱われる。それは人の売り買いと違うかしら。


 ──でもわたしは、恐ろしいの。まるで生きているかのように見えることがあるから。もしかしたら元は生きていて、雪に変えられたのではないの? 石に変えられたのではないの? 金属に変えられたのではないの?


 芸事を生業にする人を信用しないことにしている、とオリガは言った。女帝として責められそれを受け入れたとしても、パーヴェルの絵を彼女は恐れたかもしれない。パーヴェルはオリガを何度も題材に描いている。魔力を込めて描いていれば彼女の生命力も削り取られているだろう。描かれた絵に価値が付き、オリガは人の売り買いと相違ないように感じるほどになった。


 魔力を込めて描かれた絵は人の心に残り、其処に描かれた人物を実物と認識するようになるかもしれない。もしも彼がそれを望んでいるのだとすれば。彼が其処までするのは、恐らく。


 炎の娘に喰われた彼の妹、レーシャを残すために外ならないだろうから。


「だから『脅した』なんて言うんだわ。でもオリガ様はあなたの言葉を受け止めたのね。協力してくれた。でもそれが村に向かっていることとは結びつかないの。あの“炎の娘”を討伐するという話ではないの?」


 パーヴェルが恨んでいるのは妹を襲った“炎の娘”そのものであることはよく解る。その“炎の娘”を放置する国の代表である帝に恨み言をぶつけたくなる気持ちも解らなくはない。けれどマーラ・エノトイースに向かう理由を考えて、私は冷たい空気が肺を内側から凍らせるような寒さに震えた。


 もしも彼が、その儀式を行う村に怒りの矛先を向けているのなら。その儀式を黙認する民にも、向けているのなら。


 儀式を中断された“炎の娘”が怒り狂って手近な村を襲うように仕向けているのではないか。そう思って確かめるために言葉を紡いだ。討伐のために訪れたら私が丁度、生贄と知らずにその身を晒しているところに出会(でくわ)して咄嗟に助けてくれたのだと、そう言ってくれたら。


 祈るような私の視線を真っ直ぐに受け止めながら、パーヴェルが口を開いた。



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