表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
10章 薄氷の翼
241/361

6 踊りの練習ですが


 踊りを教えてくれたのは村長だという男性だった。小柄で、けれど健康な。代々炎の娘に捧げる儀式の歌と踊りを伝える者が次代の村長になるらしい。アレクセイの竪琴で歌を披露した私に彼は惜しみない拍手をくれた。


「わたしはニコライ。充分だ。とても美しい。踊りも覚える気概があるとは素晴らしいよ。なに、そう難しいものではないから多少の付け焼き刃でも何とでもなる」


 儀式の日まで後少し。ニコライ村長はそう言ったけれどそれは伝える側の甘い見積もりではないかと私は心配だった。踊り子の“適性”は“それなり”の私だ。これが“天職”だったなら自信も持てただろうけれど、歌いながら踊るというのはそう、簡単なことではない。


「見ていても楽しいものではないからね。きみたちも踊るというなら別だけれど、そうでなければこの村自慢のバーニャに入りに行くと良い。歌姫さんには後で紹介してあげよう。旅の疲れも取れるし何より温まる」


 若々しい黒髪を揺らしてニコライは笑う。聞き馴染みのない単語に私たちが顔を見合わせていると、それは良い、とアレクセイが竪琴の弦をぽろんと弾いて同意した。


「皆様方にも分かるように表現すればバーニャは蒸し風呂。その昔、炎の娘を祀る岩と同じものを儀式の後より賜り、以来それによる恩恵をこの村は受けているのです。この寒さで水を浴びようものなら即刻凍りついて体調を崩すところ、熱源の石はずっと温かい。祀っても良いのですが寒さは人には堪える。これは厳しい冬を越すためもたらされたものであるとして、この村ではずっと有効活用している次第でして」


 案内したいのは山々ですが、とアレクセイは残念そうに眉根を寄せた。


「わたくしにはこの神聖なるお役目が残っていまして」


 なに、とニコライはアレクセイの言葉を押し退けて笑う。建物の出入り口には管理人がいるからその人に訊けば大丈夫だと。いつでも温かいその場所は村の中心部にあるらしい。行けば分かると言われて皆が立ち上がった。セシルは渋っていたけれど。


「でもお姉さんをひとりに──」


「大丈夫だとも、セシル。心配要らないよ。さぁ、裸の付き合いと行こうじゃないか!」


「絶対嫌なんだけど」


 心の底から嫌そうな表情を浮かべるセシルをロディは笑いながら引っ張っていく。それじゃ後で、とラスに微笑まれて私は頷いた。お風呂は私も入りたいし興味もあるけれど、優先すべきことが何かは私にも解っているつもりだ。練習が終わったら入らせてもらおう。


「それでは練習に戻ろう。まず基本は」


 ニコライから基本の型を教わり、体はすぐにぽかぽかと汗ばんだ。動けば(かじか)むこともなく、意外に激しい動きに暑ささえ覚えるほどだ。体力がある若者でなければ通して踊れないだろうことも納得だった。


 跳んで、跳ねて、また高く跳んで。高く、高く。空を見上げ手を伸ばして。瞬く星を掴むような動き、舞い上がる熱の揺らめきを表現するような動き、指の先まで意識を向ければ美しく見えるのは舞いながらでも判った。


「なんと可憐なこと! ライラ嬢の飛び跳ねる様子はまさに火の粉が如く! 炎の娘の化身!」


「褒めすぎよ」


 休憩の合間に外の空気を吸うため建物から出た私を追ってアレクセイが隣に立った。今は晴れ渡った空が真っ白な太陽の光を投げかけてきている。日差しがあるのに期待するほど暖かくはない。けれど、外のひんやりとした空気は汗ばんだ肌には心地良い。アレクセイは竪琴を奏でるのが主で飛び跳ねるわけではないから暑くはないだろうけれど、この寒さには流石に慣れているのか体を震わせるようなことはない。


「わたくし自身がこの舞を見るのが久しい故、これほどまでに美しいものだという認識がなく。奏者としての役割があり音を追うのに夢中であったことも理由とはいえ。此度の儀式がライラ嬢の歌と踊りで本当に良かった」


 キラキラと周囲の白が反射して明るい外でアレクセイは満面に笑んだ。舞台上にいる時のような笑顔なのは相変わらずだけれど、その目が真っ直ぐに私を見ていて其処に嘘偽りがないことは見てとれた。


「まだ儀式前なのに、凄い買ってくれるのね」


「これほどまでとはと驚きを隠せずにおりまして。これなら、あぁ、ご満足頂けること間違いなく」


 安堵したような声に、本当にこの儀式はこの村にとって大切なものであることを改めて感じさせられた。儀式に必要な歌姫を探す役目の重大さもきっと、私では分からないくらい重たいものであるのだろうと思う。


「……貴方が曲の奏者として歌を継いでいくなら、踊りも伝えることになるのでしょう? 次の村長は貴方?」


 ニコライの話を思い出して尋ねれば、いずれは、とアレクセイは頷いた。その声に歓迎の色が見えないのはそれもまた重圧に感じているからかもしれない。


「大変そうね」


「されどなくてはならない儀式。過去連綿と受け継がれてきたものを此処で途絶えさせるほどの無謀さも勇気も、わたくしにあるはずもなく」


 く、とアレクセイは喉を鳴らすようにして笑った。それが笑ったのだと気付くまでに時間があって、私は驚いてしまう。その時のアレクセイの表情は、舞台を降りた役者そのもの。さながら役の仮面を外したアレクセイ本人だったのではと思うほどに見たことのないものだったから。


「途絶えさせることによる重圧よりも、この儀式を続ける重圧に耐える方が些か楽かと考えるほどには」


 私にはそのどれも、選びたくないとアレクセイが言っているように聞こえたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ