4 新人魔術師への導きですが
「宝石……?」
疑問を口にした私に、そうだよ、とロディは答える。
「少ない魔力――術者の命――で魔法を使うために魔術師は杖が有効と辿り着いた。その後、宝石も魔力を増幅させるものとして有効だと気付いたんだ。自然が形作る光を宿す石に魔力を通すと、何倍にもなって返ってくる。魔術師ならこぞって求めるだろう?」
からん、と音をさせて入った先は薄暗い店内だった。室内にも木の優しい呼吸が息づいてはいるものの、照明の少なさでまるで一瞬で夕暮れ時になったかのようだった。
「いらっしゃい……って、なんだ、ロディか」
店内で唯一の灯りと言っても良い程のランタンは入口から最も遠い奥に置かれている。カウンターに身を乗り出すように声をかけた店主は客の相貌を確認するなり落胆した声を出した。
「なんだとは挨拶だなぁ、ソフィー」
ロディが苦笑する。店内の雰囲気に困惑して入って良いものか入口で尻込みする私とエルマを手招きして、ロディは奥に向かってずんずんと進んだ。
「今日は買いに来たよ。勿論、良いものがあればだけど」
は、とソフィーと呼ばれた店主は鼻で笑った。左肘をついて自分の顎を手に乗せカウンターに身を乗り出したまま右手を腰に当てる。暗がりではっきりとは見えないけれど、かなり体の線が分かる服を着ているのか、女性の私でも彼女を艶めかしく感じた。
「おじーちゃんが採掘してきた一級品の宝石よ。良いものしか置いてないわ」
良いね、とロディは笑った。その答えを期待して発した台詞だったのだろうと察したソフィーはだからあんたは嫌い、と笑顔で罵った。
「今日のお客さんはボクじゃないんだ。こっちの……おいで、エルマ」
私に隠れるようにして歩いていたエルマがまた大きく肩を震わせた。おどおどと躊躇うエルマは私にも促されて、そっとロディの前に出た。
「彼女の初めての杖を見繕ってほしくてね」
なるほど、とソフィーは笑った。ランタンの灯りで陰影が揺らめいても、ロディに見せたような恐い笑顔ではなく、優しい笑顔だった。
「お嬢さん、名前はなぁに?」
「……エ、エルマです」
「そう、綺麗な名前。それから幸運にも好かれる名前ね」
ソフィーは首を傾げてエルマをじっと見つめる。彼女の緩く纏めた髪の毛が一房、ゆるりと垂れて揺れた。首筋に沿うように垂れる髪の毛の先、首元には大きな宝石をあしらったネックレスがランタンの灯りを受けてキラキラと輝いていた。
「得意な系統の魔法は何かお分かりかしら? それともこちらで調べる?」
「……よく、分かりません。すみません……」
エルマは委縮して小声で答える。良いのよ、とソフィーは優しく返した。
「初めてという話だものね。分かっている方が少ないのよ」
そうね、とソフィーはくるりと背を向けると奥の暗がりをごそごそと探った。引き出しを開ける音がする。私は少し近づいて、ロディの隣に立った。ラスとテオが店内に入ってくる気配はない。
「さあ、これを見て」
ソフィーは深い紫色をした箱を手に持っていた。肌触りの良さそうな布で覆われたその箱をソフィーが開くと、中にはキラキラと輝くいくつもの宝石が並んでいて、エルマも私も思わず感嘆の声をあげる。
「嬉しいわ。そういう反応、慣れてしまうともらえないから」
ソフィーは嬉しそうに声をあげて笑った。
「この中で気になる宝石はあるかしら。何でも良いのよ。貴女が一番気になったものを教えてちょうだい」
エルマは箱の中身をじっくりと見て、それから恐る恐るひとつを指差した。ランタンの灯りでは橙色に見えるけれど、明るいところで見たら違う色かもしれない。
「なるほどね。ちょっと待ってね」
ソフィーはまた奥をごそごそと探って別の箱を取り出した。それを開けるとまたいくつもの宝石が並んでいて私は圧倒されるけど、エルマはじっと一点を凝視した。
「この中だと?」
エルマはあまり悩まずにひとつを指差す。そういったことを何度か繰り返して、ソフィーとエルマはひとつの宝石を選び抜いた。
「これはね、明るいところで見るととっても綺麗な紅い色をしているの。勇気と力をくれる、貴女の眠っている力を引き出してくれるお守りになるわ。色に左右されないように暗がりで選んでもらうことにしているのだけど、貴女は炎を操る魔法が得意なんじゃないかしら。
それじゃ、この宝石を杖にはめ込むわね。魔方陣を描く機会はある? それとも振るうだけの短い杖にしておく?」
ソフィーの問いに、エルマが困ったようにロディを見上げた。私もロディを見上げれば、魔術師の杖はね、とロディは説明してくれる。
「大きく二種類に分けられるんだよ。魔方陣を描くのが得意なら、ボクのように身長ほどの杖が必要になる。魔方陣は苦手で呪文詠唱を主とするなら、咄嗟に取り出せる自分の手首から肘くらいまでの長さの杖で事足りる。短い杖なら存在を隠すこともできるから、一目で魔術師とは分からない利点がある。
ボクみたいな杖だと値は張るけど丈夫だし大きな宝石を嵌めることができるから、長持ちしやすい。短いとその分どうしても折れやすいし小さな宝石しか嵌めこめないから摩耗して壊れやすい。
今回はボクからの贈り物だから、値段は気にせず自分が使いやすいと思う方を選ぶと良いよ」
「ロディからの贈り物?」
私が首を傾げると、そう、とロディは穏やかに笑んだ。
「魔法使いが魔術師になるための最初の道標。でも宝石なんて高価なもの、中々手が出せないからね。だから先輩魔術師から新人魔術師に贈るんだよ。いつか自分が経験を積んで新人魔術師に出会った時、同じことをどうか返してあげてほしい。そう願いながらね」
ということは、ロディも同じことをしてもらったのだということに気付いて私は知らず頬を緩めていた。
「なーにを笑ってるのかなぁ」
ロディは私を見て照れたように笑った。ううん、なんでもない、と返しながら私はどうしても緩む頬をピシッと締めることはできないままだった。
ロディがこれまで何人の新人魔術師を導いてきたのかは分からないけど、でもこうしてエルマが命を縮めないようにと魔術師としての道を示すだけの温かい思いを受け取って来たことがある、と感じられることが何だか嬉しかった。
「……長い杖でお願いします」
それを受けてエルマは選ぶ。ロディと同じように長い杖を望み、ソフィーが微笑んだ。
「分かったわ。貴女、本当に幸運に好かれているかもしれないわね。最初に出会った魔術師がロディで良かったのかも。こいつ、腹は立つけど腕はホンモノだから」
「ソフィー、一言多いんじゃないかなぁ」
「本当のことだし良いじゃない」
うーん、とロディは首を捻った。どうしてボクはこういう扱いなんだろうねぇ、とひとりごちる彼に返す答えを持たなくて、私とエルマはお互いに顔を見合わせて思わず笑った。
ソフィーは杖を十分もかからずに作ってくれて、エルマはロディの杖によく似た造りの杖を手渡された。基本の杖は在庫があって、それに選んだ宝石を嵌めるだけだから早く渡せるのよとソフィーは言った。
「手に馴染むまでは何でもそうだけど、時間がかかるものだわ。微調整はできるから、しっくりこないものがあったらいつでも訪ねてきてね」
ソフィーに優しい笑顔でそう言われて、エルマは小さく頷いた。肩を震わせることがなくなったエルマと私に先に出るよう促して、ロディはエルマに、早くその杖をテオに見せてあげてと笑って言った。
「あの赤毛と同じ色だと気付いてくれると良いねぇ」
一際大きく肩を震わせたエルマは何か言おうと口を開いたけれど、言葉が出てこないのかくるりと入口を向くと走るように出て行ってしまった。
恥ずかしそうにエルマが呟いた声が私には聞こえていたけど、ロディにも聞こえていただろうか。ソフィーが呆れたように、あんたはそうやって、と冷たい視線を向けていたけど、ロディは気づいていないように見えた。
「良いじゃないか、誰かを想うことでも魔力は上がるんだから」
ロディはどこ吹く風で気にしていないようだったけど、私がまだ店内にいることは気にしているようだった。格好つけたい時があるんだよ、とよく分からないことを言われて私もお店から追い出される。魔力のない私に魔力増幅器としての宝石は必要ないけれど、ランタンの灯りに煌めく宝石の輝きには、心惹かれるものがあった。
いつか、歌姫として大きな舞台に立つことがあればソフィーが身に着けていたような宝石の輝くネックレスをしてみたい。
そんなことを思いながら、私は薄暗い店内から明るい外へと戻った。




