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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
10章 薄氷の翼

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2 腹の探り合いですが


「そろそろ目的を訊いておこうか」


「……目的?」


 ロディの言葉に、はて、と首を傾げたのはアレクセイだ。赤い金の髪が揺れて目が困惑して細められる。下げられた眉は心当たりなどないと言っていた。


「女帝に謁見した結果がこれなんだ。キミを疑うのも仕方ないことだと理解して欲しい」


 あの後、ロディたちは起き出して皆で焚き火を囲んだ。食事を準備していた私を見て、とりあえずの元気は取り戻したみたいだね、とロディが言った後の言葉だった。アレクセイは丸腰で、ラスやセシルからも鋭い視線を向けられている。え、と目を丸くしているのは私だけのようだ。


「おやおや、わたくしをお疑いですか! これは寂しい!」


 にっこり、と笑った表情はいつも見せているもので。寂しい、と言ったことが本当かどうか私には判らなかった。


「わたくしにライラ嬢の命が削り取られるなど予想できる筈もありません! 女帝への謁見はそれが義務であるからこそ務めを果たしたに過ぎず、よもや今回のような救出劇も起こらず、そうして宮廷画家の魔術が成って仕舞えばライラ嬢を喪ってしまうところだった、というならばわたくしにとっても歓迎されざる事態に外ならず」


 大仰な演技がかったそれはどうしても舞台上の台詞のように聞こえたけれど、言っていることは尤もだ。だから私たちは首を捻る。目的が判らない、と。


 アレクセイの故郷、マーラ・エノトイースという村で行われる炎の娘に歌を捧げる儀式はエノトイースの都で人々も気にするほどのものだ。


「厳しい冬を越えられますようにと願い、実り少ない土地に生きる者が食い繋げられますようにと祈り、長寿を願う儀式ですから彼の女帝オリガも蔑ろにはできない儀式。過去には毎年行っていたものですが戦で人が減り、今や五年に一度。歌姫を探して回るのも骨が折れる始末。今年は見つからないと諦めていたところの出会い、まさに女神様のお導き」


 アレクセイが歌うように朗々と私に告げた。突然真っ直ぐに見つめられて私は少し迷う。そのまま見つめていたらアレクセイはまた口を開いた。用意されたお芝居のようだった。


「女帝お抱えの宮廷画家とはいえ、赦されるものでは到底ありません。それが故意にしろそうでないにしろ、現にライラ嬢は例え一時(いっとき)でも消耗し衰弱してしまった。今はこうして脱出し逃亡のような真似事をしていますが、儀式が滞りなく終わった暁にはこの真実を(つまび)らかに致しましょう」


「そんな手腕があるとは思えないけど」


「これは手厳しい! そこはそれ、皆様のお力をお貸し頂く腹積もりでしたので!」


 セシルの言葉にアレクセイは調子良く笑う。人の力をあてにしたのか、とラスに呆れたように言われてアレクセイはラスにも顔を向けた。


「わたくしはしがない吟遊詩人。竪琴を奏で異国の物語を紡ぐが天職。弦を弾き音に多少の魔力を乗せることができるだけ。多少の魔物避けができ、人の心を多少寄せさせることができる程度。それを武器に赤の宮の女帝に立ち向かうには些かどころか心許ないこと神山が如し。無謀も無謀、多勢に無勢というもの。そんなものは赤子の手を捻るが如く、赤茄子をスープに放り込むが如く、女帝にとっては造作もないこと。端から太刀打ちなどできますまいて!」


 まるで喜劇とアレクセイは笑った。別に面白いことを言ったつもりのないラスは困惑顔だった。笑っているのはアレクセイだけだ。


「何はともあれこの儀式を成功させれば女帝オリガの目論見も外れることでしょう。宮廷画家がライラ嬢を害して何らかの事情でそれを止めようとしていたとしても、儀式が成功すれば向こうの目的が果たされることはありません。一刻も早くマーラ・エノトイースの村へ向かい儀式を滞りなく進める……それが一番とわたくしは考えますが、如何に?」


 アレクセイは余裕に笑んでロディに話題を返した。ロディは難しい顔をしている。考え込むように目を伏せ、確かめるように鋭くアレクセイを見遣った。


「キミも女帝や宮廷画家の目的──思惑は判らない、と言うんだね」


 然り、とアレクセイは肯定した。陽気さが鳴りを潜めると残るのは胡散臭さだったけれど、ロディと腹を探り合えるのだから凄いと思う。ロディは警戒した目をアレクセイに向けることを隠しもしなかったけれど、そう、と受け入れたようでもあった。


「地の利がない土地で闇雲に逃げ回るのは下策だろう。マーラ・エノトイースの村がどんなところか判らないけど、キミの故郷だと言うなら村人は知己の筈だしキミからは何としても儀式を成功させたい気概を感じる。悪いようにはしないだろうからね。いつまでも寒空の下で焚き火を囲むより暖を取れる場所に腰を落ち着けるのは賛成だ」


 そう言って笑ったロディは悪巧みをしているような表情だったけれど、アレクセイはおやおや! と大仰に肩を竦めて笑っただけだった。ロディのあんな顔を見てもそう振る舞えるなんて豪胆だ、と私は思う。私なんかはロディにあんな表情で見られたら震え上がってしまいそうだ。


「ところで儀式の日はいつなんだっけ」


 ロディは休憩を終わりにしようとばかりに私が持っていた軽食を受け取るとひと口齧りながらアレクセイに尋ねた。それを見て食事がまだだったことを思い出し、私たちも動き始める。飲み物はすっかり冷めていた。


「元々女帝オリガには似姿を描く日付を五日と提示しておりましたが、実際には二日目の夜に赤の宮を抜け出しました。三日目の昼が今日、当初の予定より二日、猶予がある状態でして。ライラ嬢には向かいがてら儀式の歌を覚えてもらう予定でした。あの童謡をほんの数回聴いただけで記憶する才覚の持ち主であれば、オリガに譲歩できる日程はそれが限度と思ったが故……儀式の日取りはこれより四日後。これから馬車を走らせれば本日中にはマーラ・エノトイースがある山へ着きましょう」


 アレクセイは指折り数えてロディに答える。天気の崩れも心配ないので、とにっこりと笑って言葉を続けた。


「我らが神山、エノト山の麓へ」



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