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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
9章 流浪の奏者

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25 流浪の奏者と覆い隠すものですが


 急なロディの報せを受けても私たちは表面に出さないよう努めた。ラスは全くおくびにも出さなくて凄い。私はどうだろう。出していないとは思うけれど、自分では気づかないだけで違和感を覚えさせていないだろうか。


 パーヴェルが絵を描いている間は喋らなくて良いから動かないことに集中した。考えすぎると表情が固くなるから考えないようにもして。


 そうしていると段々と自分が何なのか判らなくなっていくような気がした。真っ白に塗り潰されていくような、覆い隠されていくような、自分の中が空っぽになっていくような、そんな感覚。自分が今パーヴェルの手で画布に写し取られているのがまるで。


「アナタねぇ、ホント、追い出されたのにまた来たの?」


「え、ポンセ……?」


 ハッとして私は目を瞬いた。ポンセがいるということは此処は夢の中で、現実の私は眠ってしまっているということだ。


「さっきまで絵を描かれていたのだけど……」


「絵?」


 私がひどく困惑しているのを見たからか、ポンセは嫌味を言おうとしていたのを止めたようだった。私の言葉を拾って、あぁ、道理で、と納得したような声を出す。


「最初にこの夢に這入った時も同じこと言ってたわね。それよ、原因。アナタの生命力が削られているのはそのせい」


「原因……?」


 私が首を傾げると、そう、とポンセは頷いた。目を伏せて面倒そうに口を開く。


「命を削って、別のところに移してる。それも誰かの力で。アナタにそんな力はないし、自分で望んでやるなんて人間が考えつくとは思えない。それでこの夢に乗り込んで来てるのよ。この夢の主がしてることなんでしょ。アナタはそれを本能で感じ取って止めるために乗り込んだ。でもロテュスがこの夢を守ってるからアナタに勝ち目はないわ。夢の中ならフェデレーヴの領域だから」


 ポンセの言葉の意味を把握できるまでに時間がかかった。ようやく何を言われたかを理解した私はハッとしてポンセの顔を見る。ポンセは腕を組んで私から顔を逸らしているのに、視線は私に向けていた。


「一時凌ぎでもあるんでしょうね。生命力が落ちれば眠ってそれ以上の消耗を防ごうとするものだから。早いところ何とかしないと、死ぬわよ、アナタ」


 ポンセの声が淡々としているから実感が湧かなかった。何とかすると言っても、どうすれば。ラスは無事だろうか。


 でも、どうして絵を描くだけで生命力を削るのだろう。パーヴェルが描くとそうなると言うなら、オリガは。彼女は何度も被写体として選ばれているけれど死んではいない。それに私の生命力を削ってどうするつもりなのかも判らない。意図せずそうなってしまっているだけという可能性もある。本人が知らないということも。


 ──綺麗なものは、消えるんだ。雪が血に溶けるように。塗り潰される。世界から消えて、失くなる。そうなる前に。そうなる前に、描かないと。あの子の欠片を拾い集めて、永遠にするんだ。


 ロテュスに追い出される前に聞いた言葉を思い出した。パーヴェルの言葉だ。きっとその言葉に全てがある。あの子の欠片を拾い集めて永遠にしたいと願うから、彼は絵筆で写し取ろうとする。


 ──似姿が本人と同じになる、ということですか。


 昨夜オリガに問いかけた私の言葉。彼女は肯定も否定もしなかった。もしも彼女も、感じていたなら。自分が写し取られていく感覚を、自分が削り取られていく感覚を、覚えていたなら。


 どうしてそれを私に強いたのだろう。パーヴェルに絵を描かせるということの意味を彼女は知っているはずなのに。


 それとも自分だけなのかを確かめるために絵を描かせたのだろうか。私が元気そうだから自分だけかと思って言えなかったか、私ほどは感じていないから漠然とした不安を絵に覚えているか。あるいはもっと広く、芸術に対する不安として感じているのだろうか。


「……判らないわ」


 断じるには知らないことが多すぎる。誰も本心を出していないような気がするせいかもしれない。そうおいそれと見せるものではないかもしれないけれど、これが策略だと言うなら私はそれに嵌っている。抜け出すために何かしないといけないとポンセにもせっつかれているのに、何も打開策は思い浮かばない。


「ポンセ、私をこの夢から追い出すことはできない? ロテュスみたいに」


「……できなくはないけど、どうなっても知らないわよ。起きる保証はない。アナタの生命力が更に削れる結果になるかもしれない」


「お願い。起きて、私、この夢を見る人のところから出て行かなくちゃ。自力で起きれないんだもの。ごめんなさい、でも、お願い」


 私が頼むとポンセは深い溜息を吐いた。私の右肩に小さな両手を置いて、どうなっても知らないんだから、と小さな声で言う。うん、と私は頷いた。


「ありがとう」


「……っ。だからっ、何でお礼なんて言うのよ、変な人間……っ」


 だって心配してくれてるから、と言う前に強い力で肩を押された感覚があった。弾かれるようにして私の体はぐらついて、思わず両目を閉じる。


「──!」


 は、と息を吸って目を開く。体が揺れていた。かちゃかちゃと金属が擦れる音もする。周囲は暗い。少し浅い呼吸が近くで聞こえてきて私は目を見開いた。


「ラス……?」


「起きたのかい? でも今は黙って、動かないでくれる? もう少しで脱出する。厨房の勝手口まで来たところだよ。此処を出れば何とかしてくれるだろうからね」


 脱出、と聞いて私は周囲がもう夜であること、ラスが私を抱えて宮から出ようとしていることを知った。勝手口を出たところで建物から出るだけで、門を越えるわけではないから見張りは昨夜と同じくいないだろう。でもロディなら何とかしてくれるという期待は、ラスの信頼でもあった。


 お腹の上に温かくて小さな重みがある。コトだ、と気づいて私はラスの優しさに感謝した。外は寒いからなるべく冷やさないように私は片手をコトの眠る鞄の上に持ち上げた。


「出るよ」


 ラスは静かに勝手口の扉を開け、外の様子を窺ってから足を踏み出した。外は強い風が吹いていて吹雪のようだったけれど、何となくロディの魔法じゃないかと私は思う。脱出するに相応しい、月の見えない雪舞う夜だった。


 何処からかアレクセイの竪琴の音が聞こえてきた。此処を出ても儀式のために向かう先は変わらない。脱出したことを知られればまず真っ先に捜索されるだろう場所だ。でもオリガの目的が分からない以上、何かあっても対処できるように彼の村には赴いた方が良いだろう。


 流浪の奏者が帰り着く、雪深い生まれ故郷へ。



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