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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
1章 炎の魔女

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3 魔法について初めて知ったのですが


「オレはテオ、こっちはエルマ」


 少年はすぐさま自分の名前を教えてくれた。私達も自分の名前を伝える。テオは口の中で私達の名前を繰り返し、よし、と顔を上げた。ラスを見上げ、帰る村がラフカ村という名であること、馬で数刻駆ける必要があることを言いながら、視線はもう自分達が乗って来たのだろう馬を繋いでいる方角に向けていた。


「お前ら、冒険者なら馬くらい持ってるだろう。すぐにでも出発したい」


 私達は顔を見合わせた。馬車は確かに残っているし、馬もそのままだ。足を怪我したわけじゃないから、とモーブ達は必要ないと自分の足で歩いて行ったからだ。だけど、三人で乗るにはちょっと狭すぎる。


 それを説明するとテオは意外そうに目を丸くした。


「貸し馬屋はどっちだったかな……」


 キョロキョロと辺りを見渡すテオは本当に焦っている様子で、今こうしている間も留守にしている村を心配しているようだった。自分がいても特段何かできるわけではなくても、自分の住む村が襲われていたらと不安にもなるだろう。


「その前にね、テオ。ちょっとエルマに用立てても良いかい?」


 ロディがのんびりとした声で尋ねた。エルマはあからさまに肩を震わせ、黒髪の奥でおどおどと視線をロディとテオの二人に交互に向けていた。テオも怪訝そうにロディを見る。


「用立てるって、何をだよ」


「杖だよ」


 え、と声をあげたのはエルマだった。


「彼女、魔法使いだろう? でも杖を持っていないようだね。此処までキミがその剣を振るって守って来たんだろうけど、キミの手が回らない時、彼女はどうする?」


 ロディは穏やかな笑顔で子どもの髪を櫛で梳かしながら問いかけるようにテオに言葉をかける。けれど私には、それがテオを少し責めているように聞こえた。


「魔方陣を描くにしても、呪文を唱えるにしても、杖は必要不可欠だ。なくても小さな火を飛ばすとか風を起こすとか、そういったことはできるけど……」


 今度はエルマに視線を向けて、ロディは諭すように静かに言葉を紡いだ。


「そうしない方が良いことは、キミも感覚的にでも知っているよね?」


 エルマはまた怯えるように肩を震わせて、それでも小さく頷いた。それを見て一瞬、剣の柄に手をかけようとしたテオは不自然に手を下ろしたように私には見えた。無理矢理手を下ろしたようだった。


「ラフカ村に魔法使いはいない。久々に魔法使いが出たから大人達もどうして良いんだか分からんみたいだ。もし、お前が何かエルマに教えてやれるなら」


 頼む、としっかりとロディの目を見てテオは言った。エルマが慌ててテオの服の袖を引っ張ったけど、大丈夫だから、とテオは優しくエルマを制す。


「悪いやつじゃないのはお前も分かるだろ。胡散臭ぇけど」


「一言多いんじゃないかなぁ」


 ロディは苦笑した。同じ感想を持ったことのある私は何も言わずに動向を見守った。


「エルマ、覚えておくと良い。杖なしに使う魔法は命を縮める。あまりに沢山使うようなことがあれば命の火はすぐに消えてしまうよ」


 エルマは初耳だったのか大きく息を呑んだ。私も知らなくて、え、とロディを見つめる。


「魔法は自分の命を代償にして現実に干渉する力だからね。でも、杖があれば色々なものの力を借りることができる。余程のことがない限りは杖を使って魔術に変換することを勧めるよ」


 行こうか、とロディは足を進めた。私達は彼についていきながら、魔法について尋ねる。


「ロディ、もう少し詳しく教えて」


 ロディは穏やかに笑むと、良いとも、と返した。


「多分、出生時診断を行う神職も魔法については知らない者もいるんだろう。魔法使いの適性と、魔術師の適性、片方しか診断しない者もいる。

 魔法と魔術は似ているけれど、違うものなんだよ」


 エルマも興味を持ったのか、ロディの声が聞こえるように近くへやってくる。魔力のない私は司祭さまにそういったことは学んでこなかったから、初めて知ることに驚いてしまう。


「魔法は命を縮めるって、それって」


 私はニーアおばさんが魔法で竈に火をつけるところを何度も見たことがある。両親も魔法で家事をしたことがあるし、私はいつもそれが羨ましかった。けれど、もし、魔法を使うことで自分の命がなくなってしまうなら。


「あぁ、ライラ、心配しているね。多少の魔法なら使っても大丈夫なんだ。すっごく体を使って遊んだり仕事をしたりしてへとへとになって眠ったことはないかい? でもちゃんと眠ればその疲れをずっと引きずることはない、だろう?

 魔法も同じで、多少ならひどく疲れるだけでしっかり休養をとってしっかり眠れば命を縮めるようなことはそうそうない」


 けれど、旅をしていて連続で襲われたり対処したりしないとならない場合は違うよ、とロディは言った。


「その場合もしっかり眠る必要はあるけれど、準備なしに魔法を沢山使うような事態になっていれば、命が削れている。うーん……ライラ、エルマ、何日も眠らなかった経験はある? キミ達が眠りを妨げられる日々を送ったことがあるとは思いたくないけど」


 エルマは首を振った。けれど私は、ある。


「流行り病に罹った両親を看病した時、全然眠れなかったわ」


 そうか、とロディは寂しそうに眉尻を下げた。私の頭を撫でようと手を動かしたけど、エルマがいる手前やめてくれた。もうほとんど撫でようとしたことは分かってしまったと思うけれど。


「眠れなかったせいだけではないと思うけど、ひどく憔悴したと思う。杖なしで魔法を使うと誰でもそれに近いような状態になる。杖があっても自分の限界を超えるようなことがあれば同じだけれどね」


 私はモーブが怪我をしたあの時のことを思い出した。ロディはすぐ駆けつけて、それからずっと治療魔法を続けた。杖はあったけれど、ヤギニカに着いてすぐロディは眠り続けた日があった。もしかして、と可能性が過った私の顔を見て察したのかそうでないのか、ロディはただ微笑んだ。


「例えば指先から小さな炎を飛ばす、凪いだ海の上で帆船を進めるために掌から風を起こす、灼熱の砂の上で命を繋げるために掬うほどの水を出現させる、花の種を小さな鉢に未来を願って植えるために土を蘇らせる――そんな奇跡は、人の命を代償とする。大抵は、術者の」


 けれどそれでは魔法使いは絶えてしまうね、とロディは言う。私とエルマは頷いた。


「人は研究した。法則を見出して魔方陣を描き、音を口伝して呪文とした。万能ではないけれど負担は大幅に減らすことに成功した。それらは方法だ。命ひとつを使う魔法(きせき)に対しせめて半分にならないか、更に半分にはできないか……そういった試行錯誤を繰り返し、数多の犠牲を出しながら少しずつ手順さえ踏めば払う命を少なくすることに成功した。魔力を増幅させる存在があることに気付いたんだ。

 魔法使いはやがて魔方陣を描くために、呪文の一助となるように、増幅器としての杖を持つことが増えた」


 さあ、とロディは足を止めた。一軒の木造の建物を前にした私が顔を上げると、古い木製の看板が目に入った。宝石を扱うお店らしい。


「エルマが最初に持つ杖は、慎重に選ばないとね」


 エルマがまた小さく肩を震わせた。



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