17 画廊ですが
画廊に立ち入る許可はあっさりと降りた。そんな余裕があるのかと女帝には嫌味を言われたとパーヴェルは苦笑する。女帝の許可がなければ入れない個人的な空間は、パーヴェルが描いたと思しき絵が大小様々にいくつも並んでいた。
白い。白い雪原の中で背中に翅のある女性が色々な表情を浮かべて佇んでいる絵が多い。纏うドレスの色や素材は違うけれど、その翅は、蜂の形だ。ロテュスではなくオーティの姿を見たことがあるのだろうかと私は絵を見て訝った。それとも、フェデレーヴの女王の。
「幻想的だね」
ラスが先に感想を漏らした。芸術家は夢を見るものだからね、とパーヴェルは微笑む。
蜂蜜色の髪、細く白い肩が剥き出しになった華奢な少女は女帝オリガと言われればその通りだった。薄氷のとろんとした目、物言いたげな唇は赤く、画布の向こうから私を見つめている。木の枝で編んだ籠に木の葉や花びらのドレスを纏ったものから、実際にオリガが着ていそうなドレスまで多種多様だけれど表情はいつも、同じだった。
「全部、オリガ様を題材に?」
私はパーヴェルを振り返って尋ねる。画廊のあちこちに飾られている絵はいずれも同じ題材に見えた。セシルと思しき絵はない。まだ全部を見たわけではないから何処かには飾られているのかもしれないけれど。
「此処は彼女のための画廊だから」
パーヴェルは何でもないことのように答えた。そしてそれは決して尋ねたことの答えではなかったけれど、そうですか、と私は納得した振りをする。
「貴方の夢で見た人というのは、オリガ様のことなんですか?」
更なる質問を投げ掛ければ、厳密には違うけど、とパーヴェルは苦笑した。
「夢の中だからね。あんまり覚えていないんだ。ただひどく美しくて、虫の翅を持つ少女だったことだけ覚えてる。ぼくが今一番身近で見ることのできる美しい人は、彼女だけなんだよ」
女帝を身近に見る機会がある人はそう多くはないはずで、それが幸運だとパーヴェルも思っているのだろう。だから寝る間も惜しんで制作に取り掛かる。いつ目通りが叶わなくなるか、いつお抱えの宮廷画家の任を解かれるか判らないと彼も思っているから。
「雪原の女王はオリガ様を題材にしてるけど、こっち、こっちの小さな少女たちはぼくの創造なんだ。女王に仕える侍女とでも言うのかな。ひとりぼっちの女王なんて寂しいだろうから」
パーヴェルは私たちを女王以外の絵の前に連れて行った。小さな画布に描かれていることが多いそれはまさにフェデレーヴの子たちそのものだ。顔は似ていないけれど、頭から触角を生やして虫の翅を持つ、小さな少女。私が知っているフェデレーヴの子たちは皆、花のドレスを纏っているけれどパーヴェルの絵では暖かそうに着込んでいる。この寒い地方で暮らすからこその彼の優しさなのか、それとも日常を着せただけなのかは判らないけれど。
「……」
女王に仕える翅を持つ少女のひとりに私は目を留めた。砂色の髪に、栗色の目。それは少女の姿をしているもののパーヴェルによく似ている気がしたのだ。けれどそれから無理矢理に視線を引き剥がし、私は他の絵にも目を向ける。まだセシルの絵を見つけていない。全ての絵を見る方が先だ。
「雪原の女王とその侍女たちを描いた絵がほとんどですか? それが貴方の描きたいもの?」
「……何故?」
パーヴェルに問い返されて私は自分が質問ばかりだったことに気が付いた。穏やかな目に疑念を持った色は見えなかったけれど、私と同じで隠しているかもしれない。そう思うから私はにっこりと笑った。
「例えば讃美歌。女神様を讃える歌。私は吟遊詩人の“適性”はないから自分で曲を作ることはできないのですけど。父は吟遊詩人でした。新しい曲を作ろうと思う時は想いを込めるのですって。歌う私も同じ。女神様を想って、讃えて、音に心を込めます。でも、作り出す人が最初の音に込める想いは“その人がずっと抱えている想い“だと、父が言っていたのを思い出して」
貴方は作り出す人でしょう、と私は純粋に見えるように意識して首を傾げて。それから更に意識した、綺麗に見える笑みを浮かべた。
「同じ題材でいくつもいくつも、音を紡ぐことが父にはありました。貴方も同じ題材で何枚も何枚も絵を描くなら同じなんじゃないかって、思っただけなの」
母の教えと、父の話。ラスは聞くともなしに私たちの会話に耳を傾けている風だ。パーヴェルは。
「──」
パーヴェルは息を呑んだ様子だった。それがどういう意味合いのものかは私には判らない。彼は目を伏せ私から逸らすと苦笑する。歌姫さんの言う通りだと、頷いて。
「ぼくの描きたいものは、そう、確かに、そうだ。勿論、自分の描きたいものだけ描いていて良いわけじゃないから仕事もあるけど、でもぼくは許されている方だと思う。歌姫さんにも解る? 自分の表現したいもの、形にしたいもの、残したいもの。それのために何でも我慢できる、何でもやってみせる、何でも……犠牲にする」
ぞくり、と背筋を冷たいものが走っていった気がした。栗色の目のその奥に、先ほどは疑念も見えなかったその目に燃える色があるように見えた。執着にも似た、執念とも呼ぶような、一般的には情熱と呼ぶのだろうそれを。質問を重ねれば、生活を犠牲にすると返ってくるだろう。そう思うから私は踏み込むようなことはしなかった。
「……理想を追い求める姿勢は、誰もが共通だと思うわ」
辛うじてそれだけ返せば、パーヴェルは嬉しそうに笑う。私は画廊を一通り見て回ったものの、セシルの絵を見つけることができなかった。




