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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
9章 流浪の奏者
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11 宮廷画家の仕事部屋ですが


「それじゃこれに着替えて。女騎士さんはこっち。うーん、どうしたら華やかになるかな……」


 パーヴェルについて王宮内を歩き回り、仕事部屋と思しき場所に私とラスは通された。絵の具や帆布があちこちに散乱していてお世辞にも片付いているとは言えない。画架がいくつも壁に並んでおり、描きかけの絵が載っている。オリガと思われる絵もあったけれど、その背からは蝶の羽根が生えていた。


 私はパーヴェルにドレスを押し付けられ、目を白黒させた。着替えろと言われたけれど、何処で。ラスはパーヴェルに連れられて椅子の横に立たされ、どの角度が良いかあれやこれやと言われて困惑している様子だった。


 部屋を見回せば部屋の隅に衝立が立っていた。あの場所でなら着替えられそうだ。着替える意味があるのかよく分からなかったけれど、ラスの様子を見ているだけでも相当の拘りがある。着替えた後に私にもあれが待っていることは想像がついたし、着替えなければ何か言われるに違いない。私はそそくさと衝立の裏に向かうと渡されたドレスに着替えた。着ていた服は畳んで、コトが眠るカバンをその上に置く。此処は暖かいからコトの体調も心配しすぎなくて良いだろう。


「歌姫さん、着替え終わったかい?」


 丁度声をかけられて、私は返事をすると慌てて衝立から顔を出した。ラスは既にげんなりとした様子で椅子の傍に立っている。鞘に入ったままの剣を床に立てて置いて柄に手を載せ、騎士然としている様子は凛々しい。顔は疲れ切っていたけれど。


「あの、これで……?」


 おずおずと体も衝立から出せば、完璧だ! とパーヴェルは両手を挙げて喜んだ。私は沢山のレースで編まれた白いドレスが慣れなくて少し恥ずかしい。髪の毛を切ってしまったから首元が涼しいのも何だか落ち着かなかった。


「素晴らしいね! さぁ、こっちに来て座って。あぁ、そうだね顔の向きはこっちで、視線はぼくを見て……」


 言われるがまま私はパーヴェルの望む姿勢を取り、彼を見た。嬉しそうに笑った彼は両手を擦り合わせて絵を描くための道具を集め始める。画架と帆布の向こうに彼の姿は隠れてしまったけれど、私たちを見るために少しだけ顔が見えた。にこにこしていた顔が一転し、栗色の目が真剣に私を見るから私は驚いて緊張してしまう。あぁ、とパーヴェルは表情を崩した。


「笑って。楽しそうじゃなくて良い。少しだけ微笑んでくれれば。そうだな、歌ってくれても良いよ。あなたの好きな歌を」


 そんなことを言われても、と思うけれど私が困惑しているとラスがお言葉に甘えたら良いじゃないか、と小声で促した。


「歌ってる時のあんた、良い表情してるから。緊張した顔よりずっと良いさ」


 ラスがそう言ってくれるなら、と私は小さく歌う。アレクセイが教えてくれた童謡だ。寒い外とは裏腹に暖かい室内で、暖炉の火で鍋を掻き混ぜる光景。素敵な光景だと想像するだけでも思うから私もその光景を歌うこの童謡が好きになった。子どもが歌い覚えるためのものだからそんなに難しい音運びはない。けれど歌詞は覚え切っていないから、鼻歌程度のものしか歌えなかった。


「あはは、綺麗な声だ。あぁ、歌姫さんを描けて幸せだなぁ。五年前はまだ街で売れない画家をやっていた頃だから。宮廷画家になってるなんてあの頃のぼくに言っても信じないだろうな」


 パーヴェルが手を動かしながら楽しそうに言うものだから、そうなんですか? と尋ねたら動かないで、と叱られた。慌てて姿勢を直して私はごめんなさいと謝る。もしかしてずっとこの姿勢のままいるのだろうか。疲れてしまう。


「儀式ってのは五年ごとにやるものなのなんだね」


 ラスがパーヴェルに尋ねた。私が怒られるのを見ていたからラスは動かなかったのだろう。そうだよ、とパーヴェルは質問に答えてくれた。


「炎の娘は歌と踊りが好きだと伝えられていてね。五年に一度それらを捧げることでこの国の厳しい冬を耐えられると伝えられている。昔は毎年やっていたようだけど戦で人が減っていてね。いつからか五年に一度で良いということになったみたいなんだ。そのうち十年に一度になるかもしれないし、廃れていくかもしれない。マーラ・エノトイースは山間にあるから人が暮らすのは大変だと聞くよ」


 山での生活が大変なのは私にも解る。冬を越すのも大変だった。此処は雪が深く積もるからより大変だろうと思う。生活が大変な場所にそれでも住むのは理由があるからだ。此処の人はきっと、その儀式のために。


「この国の冬を乗り越えるのは大変だ。どうしたって死者が出るくらい寒い日もある。それを何とか耐えられるようにって儀式に必要な歌姫さんは欠かせないんだ。国中の人が気にしている。今回はどんな歌姫さんなんだろうってね。それを広く知らせるのがぼくの仕事。今回は女騎士さんもいてくれるから華やかになるよ。期待していて」


 パーヴェルが集中している様子だったから私たちも口を噤み、求められる姿勢のまま時間が過ぎるのを待った。窓の外はまた雪が降り始めているようだけれど、室内は暖かい。きっと画材道具などの都合上、温度等には気を遣っているのだろうと思った。また、それが許される立場にあるのも彼が女帝オリガに大切にされているからなのだろうということも想像がついた。


 壁に並ぶ描きかけの絵のことも訊いてみたかったけれど集中するパーヴェルの邪魔をしたくなくて私は彼が休憩を言い出すのを待とうと決める。けれど静かで時間の流れが穏やかな室内にいると段々と瞼が重くなり、私はいつの間にか眠りに落ちていた。



2023/01/22 11:16

タイトルのルールをどうして忘れてしまうんでしょうねこのポンコツ作者は!

ということで一週間ずっと気付きませんでした失礼しました修正しました!

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