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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
9章 流浪の奏者

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10 赤の宮ですが


 アレクセイがぺらぺらと歌うように言葉を並べ立てると、あれよあれよと言う間に私たちは女帝オリガの前に出ていた。


 赤い煉瓦を積み上げてできた王宮はとても大きく広くて、一度来ただけでは道を覚えきれずに迷子になりそうだ。多くの兵士が立って守っており、訪れる人に目を光らせている様子なのがすぐに分かる。黒を基調とした制服に身を包んだ兵士たちはいずれも屈強で、実力主義で選ばれていることが窺われた。


 セシーマリブリンのお隣の国になるのに、兵力にはとてつもない差がありそうだと私は思う。けれどこの国は海の魔物に対処する力はあっても人魚と友好関係を築けるかというと私には分からない。まだ、何も知らない。


 絢爛豪華な王宮の中は上部が金色、足元は真紅と色が綺麗に分かれていた。元々が赤味がかった煉瓦だから色合いが温かい。更に真っ赤な絨毯を敷いている。縁に金刺繍が施された、細かなところまで拘りが見える逸品だ。


 オリガは上段から訪問者である私たちを見下ろし、それでも出迎えた。女帝、と言うからさぞ怖そうな人物なのではないかと思っていたら、私とそう変わらない年代の少女で驚いた。蜂蜜色の髪に白い肌は何処か、フェデレーヴの子たちを思い起こさせる。蜂の翅を持つ女王様の姿が重なった。とろんとした印象を与える薄氷のような薄青い色の目はけれど、今は鋭くアレクセイを見ている。


「オリガ陛下、ご機嫌麗しゅう」


 どう見てもご機嫌が麗しくはなかったけれど、アレクセイはにこやかにそう挨拶をすると大仰なお辞儀を披露した。


「此処に来たということはどういうことか解っているんでしょうね」


 鈴を振るような可愛らしい声だ。真っ直ぐにアレクセイを見ていて、周囲の私やラス、ロディのことは見えていないらしい。顔見知りなのだろうと思うけれどあんまり関係性が良さそうには見えなくて、私は先行き不安になった。


「マーラ・エノトイースの儀式を行うための報告義務を果たしに参ったまで! こちらが此度の歌姫、ライラ嬢にございます!」 


 この空気の中で紹介するのはやめて欲しかったけれど仕方がない。私はローブの端を摘んでオリガにお辞儀をする。母に教わった、美しいお辞儀の仕方で。


「ライラと申します。よろしくお願いします」


 私の挨拶には視線が動いた気がした。見られている感覚が強くなって、少し緊張した。暖かいはずの室内なのに気温がぐっと下がったような気さえする。薄氷の目は恐らく雪と同じくらい冷たい。


「……まぁ、良いでしょう。エノトイースへようこそ。慣れない道だったのでは? この辺では見ない出立ちですもの。

 パーヴェルを此処へ。仕事にかからせなさい」


 最後の方は私にではなく兵に呼びかけたようだ。兵士のひとりが返事をしてサッと振り返ると守っていた扉から出て行った。その名前は市街地のスープ屋さんで聞いたのを思い出し、私は宮廷画家が呼ばれたことを知る。オリガはまたアレクセイへ視線を移し、にやり、と笑った。意地の悪そうに見える、表情の歪め方をしている。


「儀式までまだ日がありますね。数日滞在するくらいはできるのでしょう?」


「勿論ですとも! オリガ陛下が望まれるならば数日は。けれど五日です。それ以上は儀式に間に合わなくなりますゆえ、お赦しを」


 アレクセイはまた仰々しいお辞儀をひとつした。良いでしょう、とオリガは答える。アレクセイがにっこりと笑って姿勢を戻した。其処へ先ほど出て行った兵士が戻ってくる。後ろに立っているのは三十代くらいのまだ若い男性だった。元は白かったのだろう作業着は、あちこちに染料が飛び散っていて画家であることがすぐに判った。


 きょろ、と周囲を見回して彼は私を見ると顔を輝かせた。オリガに一礼し、兵士が止める間もなくすぐにこちらへ走ってくる。短いけれどくるくるふわふわとした砂色の髪が上下に揺れるのが見えた。


「あなたが今年の儀式に参加される歌姫ですね! ぼくはパーヴェル。うわぁ、嬉しいなぁ、オリガ様とはまた違った美しさだ。どうやって描こうかな。すぐに作業に入りたい。こちらに!」


「え、あの、え……?」


 私が驚いて目を白黒させていると、ちょっと、とラスが割って入った。


「説明が先じゃないのかい」


 説明? とパーヴェルはきょとんとし、栗色の目をオリガへ向ける。まだ話してないんだね、と彼は穏やかな声色で問いかけた。言葉は丁寧だけれど冷たい印象のオリガはそんな彼に、ええ、と肯定を返す。


「わたしはこの吟遊詩人に話があるの。あなたは仕事に入りなさい。期限は五日です」


「分かりました。マーラ・エノトイースの儀式に参加する歌姫の似姿を描くのがぼくの仕事だ。民が心待ちにしているからね。ぼくは綺麗なものを描くのが好きだ。あなたも、描き甲斐がある。其処の女騎士さんも一緒にどうですか。歌姫と女騎士、絵になる。其処の魔術師さんは……男だね。ああでも、あなたも綺麗な人だ」


 熱っぽくパーヴェルが話すのを私は目を丸くして聞いていた。ラスもぎょっとし、ロディは言われ慣れているのか困ったねと頭を掻く。


「ボクは遠慮するよ。女性同士の方が華やかだろう? でも絵を描く、なんて、ライラもラスも此処に泊まらないといけないんじゃないかい?」


「ああ、期限が五日しかないなら急いで進めないと」


「ボクは一旦帰ろうかな。宿に連れを待たせているのでね。この状況を伝えてこないと。

 ラス、ライラのことを頼んだよ」


 細められたロディの目はいつも通りに見えたけれど、ラスは一瞬言い淀んでから、分かったと頷く。私は何も言っていないのに絵を描かれることになり、早く早くとパーヴェルに急かされながら謁見を終えたのだった。



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