2 魔物討伐依頼ですが
「助けて欲しいとはまた、穏やかじゃないね」
ロディが首を傾げる。ラスは少年を見つめたまま口を開かない。
「何かあった……ってことで良いの?」
私もおずおずと訊いてみる。少年は硬い表情のまま頷いた。
「お前らは腕がたつだろうと見込んでの頼みだ。滅茶苦茶なのは分かってる。でも、時間がないんだ。即決してほしい」
少年は焦りを滲ませた声音で言い募る。即決でだなんて、相当差し迫っているのだろう。
「詳細も聞かずに了承はできないよ。そもそも、キミらだけ? 大人は?」
少年は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。喉の奥から絞り出すようにして、大人は来ない、と答える。
「村の外に助けを求めるなんて情けねぇって思ってる。でももう限界だ。それが分かってるのに……いや、分かってねぇから誰も外に出ない。でもこのままだと、いつ村人が魔物に襲われるかもしれねぇ」
魔物、と私は思わず繰り返していた。少年は頷く。
「毎晩のように陽が落ちたらやってくる。もうすぐ収穫できるようになる畑を漁っては帰る。姿が見えりゃ村人は家に入るし、魔物は家の中までは来ないからまだ誰も怪我はしてないけど、時間の問題だ。それに、このままじゃ冬を越せねぇし女神様に今年一年の収穫を感謝する祭りもできねぇ」
少年は悔しそうだった。自分達の村を荒されることへの怒り、それに対処できない村人への失望、未熟な自分の不甲斐なさ、それらが綯い交ぜになって彼の小さな胸の中で渦を巻いているように見えた。
「お前らにはその魔物を何とかしてもらいたいんだ。ぶっ倒すのでも、村に寄りつかないようにするのでも良い。村の用心棒を頼み続けられるわけじゃねぇし、とにかく今すぐ助けてほしい状況なんだ。
何とかしてくれたら薬草は全部渡す。金も……オレが持ってる分はやれる」
それらを全部飲み込んで少年は私達に――というかラスに――頼む。自分の住む村を何としてでも守りたいと強く望む強い瞳だった。真っ直ぐにラスに向けられたその瞳に、私は目を逸らすことができない。
「駄目なら駄目で早く言ってほしい。他の冒険者に声をかける必要がある。日暮れ前には村に戻らねぇとならねぇから」
私はラスとロディを窺った。ロディは肩をすくめ、ラスを見る。頼まれているのはラスだから、と言わんばかりだった。ラスの返答を私も待った。
「……急いでるとこ悪いけど、二、三、質問がある」
押し黙っていたラスが口を開いた。ラスもまた少年達を図りかねているように見えた。どう判断して良いものかと逡巡している。
「その魔物、あんたたちは実際に見たことは?」
ラスも真っ直ぐな目で真っ直ぐに少年に問うた。ある、と少年は視線を逸らさずに返す。
「体の大きな猪みたいな魔物だった。数頭でいつも来る。群れか、家族だと思う」
私はハッとした。モーブを襲った魔物使いの少年が私達にけしかけたのも、猪に似た魔物だった。それにこのヤギニカから一日もかからずに帰ることのできる場所に村があるなら、魔物使いの少年があの後その村がある方に移動していたとしてもおかしくはない。
「……魔物が出るようになったのはいつ頃から?」
ラスは考えるように間を空けて尋ねた。私と同じ可能性に思い当たったのか、あの魔物使いの少年が関わっているのかを確認しようとしているようだ。
「ここ二週間くらいの話だ」
私達がヤギニカに到着してからひと月近く経っている。魔物使いの少年の可能性は捨てきれない。
「その前後で村に新しい人が来たとか、おかしな挙動をするようになった人とかはいない?」
ラスの質問の意図が分からなくて私も少年も首を傾げた。いねぇな、と少年は答える。
「今日この街に来ていることを、村の大人は知ってる?」
少年は押し黙った。答えないけれど、その行動が何より答えを雄弁に語っていた。
「……分かった。ちょっと三人で相談させてほしい」
少年は頷いた。ラスは私とロディに近づくように身振りで示して、私達は小さく円を描いて顔を突き合わせて相談を始めた。
「どうする?」
ラスは私を見て尋ねた。私は驚いて目を丸くする。
「子どもからだけど、魔物討伐の依頼だ。村の中に魔物に対処できる大人がいないか、職業適性のある者がいない状況なんだろうね。大人に黙って出て来ているからあたしらが行っても追い返されることも考えられる。けど」
うん、とロディが続きを引き継いだ。
「ボクらを襲ったあの魔物使いの少年が噛んでるかもしれないってことだね」
ラスが頷いた。
「あの魔物使いがあたしらを襲ってきたのは理由なんてなくて、ほとんどイチャモンだ。傷つけられてきたから手当たり次第やり返す、そんな感じだった」
ラスの言葉に私も思い出して同意した。魔物使いの少年は、自分以外の人間に復讐を果たそうとしているようだった。やられた分をやり返す、と言外に含んで教えてくれた。
「だからもしあたしらの後に、あの子らの村を襲ったんだとしても不思議はないと思う。ただ、今回はあたしらの時みたいな“一芝居”は打ってないのか、それとも全然関係なく魔物が餌のある村を見つけただけなのか姿は見えない。確信はない」
でも、とラスは心配そうに私を見た。
「あの魔物使いが裏にいるなら、ライラ、あんたじゃないとあいつに傷をつけられない。あんたじゃないと」
それで私に判断を委ねたんだ、と私は納得した。いざという時に私は勇者の“適性”を持つ彼に敵意を向けられるか、と問われたのだ。命まではとらなくても、退かせられるかと。
「……私の天職は歌姫です。できるとは言えません。でも、村の人たちが冬を越せないのは困るわ」
山育ちの私も冬は何度も越えてきた。蓄えは決して多くないけれど、長い時間をかけて備えて春を待つ。村の皆で助け合って、支え合って。でもそもそもの準備ができないなら、村全体が冬を越せなくなってしまう。冬を越えるのは本当に大変なのに。
「できる限りのことはやります。でもお二人の力も貸してください」
私が頭を下げると、二人は苦笑した。
「あたしが無理を強いてる。力を貸してと言うのはあたしの役割なんだけどね」
「ボク単体でも火力は充分あるけど、まぁ体力系のラスがいてくれるにこしたことはないし。魔術が必要な場面は請け負おう」
ロディが茶化すように、それでも真面目な声音で是を答えた。ラスは悪いね、と笑うと少年達に顔を向けた。
「その頼み、承ったよ。準備を整えたら早速向かおう」
少年達の顔が輝いた。




