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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
9章 流浪の奏者
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6 出発前夜の宴ですが


 行こうか、と答えたのはロディだ。アレクセイからの頼みを一旦持ち帰り、私はロディに事情を説明した。見舞っていたラスやセシルは驚いた表情でロディを見ている。私も同じ表情を浮かべていることだろう。


「体調はもう良いの?」


 アレクセイの故郷へ行くということは、旅を再開するということになる。ロディは海の中で体力を消耗したはずで、あれから日にちが経っているとはいえまだ城の外にも出ていないのに。そんな無理をして大丈夫なのかと問えば、大丈夫だよ、とロディは笑った。


「ボクも医療魔術は多少齧っているからね。ある程度の体力が戻れば自分で回復させることだってできるんだよ」


「それって意味あるの? 自分で消耗しながら回復してるみたいなものじゃないの?」


 セシルの疑問にロディは苦笑した。其処はそれ、限界を超えないように少しずつさ、とロディは言う。


「勿論術者の魔力次第、腕次第ではあるけど、それができなければパーティに回復役が二人は必要になってしまうだろう? まぁ、ボクが薬草程度ではどうにもならない怪我をした時は絶体絶命だけどね」


 笑い事ではない、と思うから私は笑わなかったけれどロディは苦笑した。私のそんな顔を見たロディが、ライラ、と私を呼ぶ。私は笑えないままロディの目を見た。


「行ったところで歌うのはキミだ。だから最終的にはキミが決めれば良い。ボクのことなら大丈夫。そのアレクセイとかいう吟遊詩人も魔物避けができるんだろう? 道中襲われる心配はそんなにないんじゃないかな」


 それに、とロディは私を見透かすように、気になっている顔をしてるよ、と微笑んだ。


「彼の歌った勇者の冒険譚が。ボクも聞いたことがない話だ。ぜひ見てみたい」


「……」


 そう言えば私が頷くと知っていて言っているとしか思えなかった。私もアレクセイの語った冒険譚の舞台という彼の故郷が気になっている。全ての舞台を巡るなんて考えてはいないけれど、父も知らない話なら父も行ったことがない場所かもしれない。興味がないと言えば嘘になる。


「わ、私も、行ってみたい。でも更に寒いというし、雪も降るというし、無理はしないでほしいの」


「大丈夫。ラスとセシルも、それで良いかい?」


 ロディの問いかけに、二人は勿論だと頷いた。


「そうなるだろうと思ってたよ。出発の予定があることはあたしからジョエル王子たちに伝えておく。アレクセイにもね」


 ラスにお礼を言えば、構わないよ、と微笑まれた。


「僕はお姉さんが行くなら何処だって一緒に行くよ。ロディが倒れても何もしてやれないから、自分のことは自分でしてよね」


 セシルの答えに善処するよとロディは苦笑して答えた。


「旅の準備は僕がしておく。個々人で欲しいものがあればそれは自分で調達しといて」


「ボクの買い物はキミに頼んでも良いかい?」


「……別に、良いけど」


 ありがとう、とロディがいつもの調子でお礼を言うけれどセシルはそっぽを向いてしまった。私はセシルのそんな様子を微笑ましく思う。この二人がお互いに思うところはあってもこうしてやり取りをしてくれるようになって本当に良かったと思うから。


「お買い物、私も一緒に行くわ、セシル」


 私がそう言うと、うん、とセシルは頷いた。



* * *



「この景色もこれで見納めかぁ」


 オレンジ色に染まる浜辺を見てロディが言う。借りていた一室からはいつも夕陽に染まる海が見えていたようだけれど、久々に感じる砂の感触に感慨深げだ。


「ロディの言ってた通り、夕暮れの海って素敵だわ。ジョエル様が言ってたみたいにどの時間帯の海も綺麗。優しい音がして、海にはレティシアもピエールもいて、私も好きになったの」


 怖いものはいるけれど、という言葉は呑み込んで私はロディを見上げた。出発前、ジョエルの発案で私たちは浜辺で密かな宴を催すことにしたのだ。レティシアのいる入江、その海と砂の狭間で私たちは集う。その準備のため私とロディは夕暮れの浜辺を訪れた。


 大きな焚き火を起こし、陽が沈んだ後も寒くないようにラスとセシルが既に準備を始めてくれている。レティシアとピエールが海の底で海藻や貝、魚を採ってきてくれた。ジョエルがヴィクトルと一緒に市井で果物を仕入れて持ってくる。


「あんたたち、明日発つそうだな」


「リアム」


 声をかけられて私はそちらを向く。この後訪れる宵闇のようなリアムが私たちを見ていた。キミは残るんだって? とロディが答えた。


「あぁ。此処の兵たちの指南を一定期間頼まれた。用心棒をしていただけで教員はしていないんだがな」


 シクスタット学園でのことだろうか、と思って私は苦笑した。学園では教師を固辞したという話だし誰かに物を教えるのがあまり得意そうには見えないけれど、今回は断らないのだから彼にもやる気はあるのだろうと思う。


「土台があれば教えられることもあるだろう。いつまでいるかは判らんが」


 また聞こえる声があれば、呼ばれればリアムはフラフラと行ってしまうのかもしれない。それをジョエルにも話したのだろうか。それでも、と乞われたならばと受け入れたのだろう。


「お互いに良い時間になることを。また何処かで会ったらよろしく」


「……まぁ、その時にな」


 ロディの胡散臭くも見えるにっこりとした笑顔にリアムは鼻で笑った。その後は宴の準備を皆でして、レティシアがジョエルに頼んでみたらしくアレクセイも現れる。実はもう聴いたことはあるのだけど、とレティシアが肩身が狭そうに打ち明ければジョエルはあっさりと紹介する手間が省けたな、と笑った。


「これはこれは! 人魚のご兄妹! 光栄ですとも! あぁどうぞ、わたくしの竪琴に合わせて歌いましょう。さぁさ、ライラ嬢もご一緒に!」


 アレクセイの音頭に合わせて私たちは歌い、踊り、笑った。やっぱり人の脚で踊ってみたいわ、と口にした何気ないレティシアの言葉にジョエルが肩を大きく震わせたことに気づいた私は微笑んだ。どういう在り方をこの二人が選んでいくかは判らないけれど、人と人魚とが一緒に生きてきたこの国で、再び手を取り合って生きていくことができれば、と願っている。


 星の瞬きのような美しい音色が響く入江の夜は、笑い声と共に更けていった。



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