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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
9章 流浪の奏者
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4 胡散臭さですが


 アレクセイの故郷に伝わるという勇者の冒険譚は、炎の娘と氷の帝王との間を取り持ったというものだった。その感謝の証に授けられた祝福は魔王を討ち倒すに必要なものだとアレクセイは声高らかに歌う。


「……魔王を倒すために必要なもの……?」


 私はアレクセイの触れたその一節に興味を引かれて考え込んだ。見つけられていなかったけれど、魔王討伐を目指すロディとラスの旅に私も加わることは即ち、いつか交代する勇者に魔王討伐に役立つ情報を集める旅でもあった。勇者の“適性”は“それなり”にしかない私が、魔王討伐へ向かえるはずもない。ラスとロディとは勇者が“天職”の人に出会えれば私の旅は其処で終わりだ。


 元々、そういう約束だった。あの湖の底で、夢の大蛇に向かって私が宣言したのはまだ迷う時間をもらいたいという先延ばしで、此処までそういった機会はなかった。


「私、あの人と少しお話してくる!」


 盛大な拍手喝采を受け、次の歌作りに必要な意欲を自然から貰い受けてくるよ、とアレクセイが片付け始めたのを見て私はラスとセシルに言い置いて足を出す。ちょっと、とラスが止める声も聞かずに私はアレクセイのところまで駆けていた。


「これはこれは、人魚と見紛うばかりの美しいお嬢さん。遠い入江から足を得てわたくしのところまで?」


「あぁ、えっと、素敵な詩でした。私、勇者様の冒険譚を聞くのが好きなんです」


 誰に対してもそうなのか、アレクセイの大仰な身振りに困惑しながらも私は返した。彼を見ていると私まで舞台の上に引っ張り出されたのではないかと思ってしまう。思わず周囲を窺ったけれどアレクセイが舞台は終わりとばかりの挨拶をしたことからか、引き止める者はない。一日中娯楽に興じることもできないと解っているから、市井の人々も日常に戻ろうとしているのだろう。アレクセイがいつまでも滞在するわけではないことは、吟遊詩人がそういうものであることを知っているからだと私は思う。今は昔の栄華も、それでも憶えている人はいるのだから。


「それは光栄だ! でも称賛を紡ぎにきたわけではないのだろうね。焦燥が滲んでいる。さぁ、話して。どうかわたくしに、あなたを笑顔にする権利を」


「ぇえと……」


「お姉さんは変なやつに好かれる特技でもあるの?」


 私を追ってきたセシルが棘のある声と言葉を発する。私を通り越してアレクセイに向けられたそれを、当の本人は笑顔で受け止めた。


「セシル」


「ということは美しい坊ちゃん、あなたもわたくしめと同じということに」


 坊ちゃんはやめてよ、とセシルが背筋を震わせて言った。アレクセイはにこにことして動じず、棘で刺したセシルの方が反撃にあう始末だった。


「ライラ、子どもみたいに急に走り出さないで。何かあったらどうするの」


「おやおや! 麗しの騎士にも良からぬ目でわたくし、見られていますか?」


「え、そういうわけじゃ」


 アレクセイの対応には誰もがたじたじだった。この舞台役者のような振る舞いにどう返すべきなのか誰も判らない。


 ふむ、とアレクセイは私たちを見て目を細める。変わった組み合わせだと思っているのかもしれない。まぁ、そうだろうとは思う。最低限の装備とはいえラスは剣士の風貌で、私とセシルは冒険者向きには見えないだろうから。


「お忍びの姫君と騎士? はたまた見目麗しい姉弟たち? それとも巡業中の踊り子一座?」


 問われた組み合わせに私は苦笑した。そのどれでもない。けれど勇者の“適性”があることは“それなり”である以上は黙っておいた方が良いというのが皆の認識だ。だから私は嘘でもない本当のことを口にする。


「私、歌姫なんです。勇者様の冒険譚を集めていて……冒険者の方と一緒に旅をしているところなんですが、貴方の語った冒険譚、初めて聞くものだったから詳細を聞かせて頂けないかと思ったんです」


「ほほう、歌姫! それは良い!」


 何が良いのか判らないけれどアレクセイは嬉しそうに笑った。此処では何ですから浜辺へ行きながら、と誘われて私たちは海の方へ一緒に歩き出す。ラスもセシルも油断なくアレクセイの様子を窺っているのは私でも判ったから、わざとそうしているのだろうと思う。アレクセイはずっとにこにこしていて真意が判らないけれど。


「勇者の冒険譚を集めるのはどちらかというと吟遊詩人が多いと思っていましたが、歌姫も求めるものとは。とはいえ、見たところあなたに魔力はない様子。戦歌姫として戦場に立つこともできますまい。その歌で誰の心を癒したいとお考えで?」


 歌姫としての在り方をいきなり問われて私は面食らった。ずか、と踏み込まれたように感じたそれはけれど、私が目を逸らして良い問いではないから。私はアレクセイのにこにこ顔を真っ直ぐに見つめて答えた。


「私の歌を求めてくれる、全てに」


 ほう、とアレクセイが興味深そうに目を細めたのを私は認めた。にこにこ笑っているのに何処か信じられないのは、この人が心の底から笑っているわけではないからだと私は気づく。処世術のひとつとして笑んでいるようにも見えない。彼はどうして、そんな風に笑うのだろう。


「勇者様の冒険譚は広い世代の方を勇気づけてくれます。魔王がいるこの時代に、勇者様の冒険譚に励まされる人は多いでしょう? 吟遊詩人の方の語る冒険譚、私、大好きです。それを歌姫が歌ったって、良いではないですか。誰が歌ってもきっと勇者様の冒険譚は、人々の心に寄り添ってくれますよ」


 私の答えに、なるほど、とアレクセイは深く笑んだのだった。



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