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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
9章 流浪の奏者
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1 情熱の詩人ですが


 ロディが回復するまで私たちはセシーマリブリンに滞在した。魔女が倒れてから海は穏やかで、時折使い魔の残党のようなものが現れればリアムとラスが出る。


「セシル! そっち行ったよ!」


 海の中で波が巨大な渦を巻き、その中に大蛇が現れ魔物へ襲い掛かる。あの湖の底で見た大蛇の鋭い牙は魔物の体を易々と貫き、喰らい付かれた魔物は絶命の悲鳴をあげ事切れた。その補助のためバフルの協力を仰いでいた私はセシルの隣で目を見開く。


「いつ見ても大迫力だわ」


「自然を相手にしているみたいなもんだし、それは仕方がないとあたしは思うけどね」


 私の横で抜け出た魔物が襲いかかってこないようにしてくれながらラスが言う。セシルは折角海辺にいるのだからと大蛇の召喚を試みている。海の中ではあんまり役に立たなかったからね、と言っていたけれど全然そんなことはない。いくら私が力説しても、ありがとうと笑うだけで受け入れてはいないのが分かったから私もそれ以上は言っていないけれど。


「はぁ、はぁ……っ」


 セシルは肩で息をする。現れた大蛇はほんの数秒、姿を現して猛威を奮ってから掻き消えるように戻って行った。特別な車輪を持って馳せ参じると交わしたセシルとの契約は、一度の召喚でセシルの魔力と体力を根こそぎ持っていく。消える直前、大蛇はいつも優しい目でセシルを見てからいなくなる。それだけが私にとっては救いだった。


「セシル、大丈夫?」


 ばたりと砂浜に仰向けに倒れるセシルの顔を私は覗き込んだ。汗だくで大きく息を切らせているセシルが楽しそうに笑う。大丈夫、と答える声は掠れて途切れ途切れだったけれど、満足そうだ。


「前回より三秒、長く出せた。どんどん延びればもっと長く召喚しておけるようになる。僕、頑張るよ、お姉さん」


 いつかお姉さんの補助がなくても、とセシルは笑う。私も息を零してうんと頷いた。


 バフルと契約をしたことを打ち明けたらセシルから出してきた提案だ。魔女が倒れたとはいっても魔物はまだ残っている。その全ての排除は勿論できるものではないけれど、此処に強い生き物がいると覚え込ませれば多少の時間は稼げるようになるだろう。それに自分の召喚術の練習にもなると。


「学園で召喚術については調べていたんだ。契約はしたけどどうやって喚び出すのかとか、誰も教えてくれなかったからね。リアムの方が詳しいくらいだ。後は本。字を習っておいて良かったな。理論とか理屈は叩き込んだけど、実践するには広い場所が必要だと思ってた」


 魔女の力を失い、詰所の兵でも問題なく対処できそうなほどに弱体化した魔物たち相手にセシルは召喚術の練習を重ねていた。大蛇は海でも問題なく現れ、セシルの指示に従って魔物退治に力を貸してくれた。けれど魔力の消耗が激しすぎる。最初の時なんてほんの一瞬、大蛇の姿を見ただけのような気がするほどしか出せなかった。


 それを見ていたのか力を貸してやろうか、とまた言葉の足りない取引を持ちかけてきたのがバフルだ。セシルとも契約しようとしているのかと尋ねれば、私が望めばだとバフルは答えた。どうやらただの善意だったらしいことが後で分かったのだけれど、大分勘繰ってしまった。


 ロディもロディで命を繋ぐためにその命を削りながら魔法を使っていたせいですぐには回復しなかった。それでもゆっくり休んで、食事をもらって、医療魔術が使える若者に診てもらえば十日ほどで元気を取り戻した。ホッと胸を撫で下ろしたのは私だけではない。


「……行ってしまうの?」


 やっと見ることのできた夕暮れの海をレティシアと眺めながら私はそう問われ、ロディが元気になったからねと答えた。レティシアは残念そうに笑いながらお城のすぐ近くにジョエルが作ってくれた浅瀬で私と一緒に岩に腰を下ろしている。尾鰭の先を海につけて、ぱしゃぱしゃと遊んでいる。いずれ此処は入江と呼ばれるものにするのだとジョエルは夢を語った。人魚が訪れやすく、休みやすい場所。それはもう、レティシアに人間になることを強制させないような優しさに思えた。既に水は冷たくて長くいるのは難しいけれど、浅瀬ならジョエルが入ってレティシアとダンスを擬似的に楽しむこともできる。人魚のままで、二人が手を取り合うことがあればそれもまた素敵なことだと私は思っていた。


「行き先は決めているの?」


「ううん。どうしようかって皆で相談しているところ。でも早く決めないと、此処で冬を過ごすことになったら迷惑がかかるかもしれないから」


 豊とは言えない国だ。未だ復興途中で、これからどんどんと良くなっていきますようにとは願っているけれど。ふらりと立ち寄った旅人に与えるだけの食糧の備蓄があるとはお世辞にも言えないだろう。


「この辺は寒くなっても雪が降らないの。でももっと北に行ったら雪が積もっているんですって。真っ白で、冷たくて、いつでも寒い。海が穏やかになったらいつか見に行ってみたいわ」


 レティシアがお転婆なことを言う。でも、自由に生きられれば良いと思う。ジョエルと手を取ったとしても、人魚の姿のままでも、二人で好きな場所へ行けたらきっと、楽しいだろうから。


 そうね、と言おうとした私の背後で砂を踏む足音がした。ハッと私が振り返るのと、近づいてきた人物が驚きの声をあげるのはほとんど同時だった。


「おやおやこれは! 本当に人魚! まさか伝承は本当だった! 海から遂に人魚が来るような時代が戻ってきたということ!」


 私とレティシアはお互いに顔を見合わせ、目の前の人物が幻ではないことを無言で確かめた。夕暮れの色を受けながら金の髪が赤く輝く。手に持った竪琴の弦を弾き、ぽろんと美しい音をひとつ鳴らしたその青年。


「あぁお初にお目にかかります! わたくしはアレクセイ。この竪琴ひとつを手に、各地を回る吟遊詩人! 先日、海が穏やかなことに気づき此処を思い出したのです。一度は訪れたいと願っていた人魚のいる国! あぁどうか、美しいお嬢さん方、人魚とお見受けいたします、ひとつ歌ってはくださいませんか。わたくしの竪琴と、どうか!」


 妙な情熱に圧されて私とレティシアはお互いの手を強く握り締め合った。



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