1 道具屋で薬草が売り切れているのですが
「ライラの装備はこんなところかな。パロッコがくれたその髪飾りが一番のお守りだね」
ロディが私の全身を見て満足そうに笑う。長旅になるから、とロディは長い丈のローブを私に買ってくれた。前開きだし動きやすい素材だから、ハルンやキニに教えてもらった舞踏は問題なく目一杯に使えそうだ。パロッコのくれた白い花の髪飾りは魔力が既に込められている状態で、どんな風に私を守ってくれるのかは分からないけれど、ロディがそう言うなら大丈夫なんだろう、と私は安心した。
「終わった?」
ラスが自分の装備を整え終わったのか、私たちに合流した。胸当てとかつけないでしょ、と苦笑したラスはロディに私の装備を見繕うよう頼んで――変なものは勧めないようにと念を押して――自分の買い物に向かったのだ。言いつけ通りだったのか、私を頭の天辺から足の爪先まで眺めたラスは安心したように笑む。
「うん、良いね。問題なさそう」
「ボクがライラに妙なものを着せるわけがないじゃないか」
ロディが心外だとでも言うようにやれやれと首を振った。ラスの疑うような視線もなんのその、ロディは私に、ね、と同意を求めてくる。私は曖昧に笑って頷いておいた。
ラスは一見して装備が変わったようには見えなかったけれど、見えないところや細かいところで調整したり修復したりしているのかもしれない。ロディは、と見た私に、いつもの優しい微笑を向けてロディは、ボクは良いんだ、とまだしていない私の質問を読んだように答えた。
「良い装備品を選んでいるからね。杖だけはいずれ新調したいところだけど……まぁ、それは追々。まだ保ちそうだし」
自分の杖を見てロディは長く苦楽を共にしてきた相棒に向けるような表情を浮かべる。彼を助けてきただろう杖は赤にも青にも見える綺麗な紫の宝石が嵌めこまれていて、今もキラキラと輝いていた。
「じゃあ、後は道具類だ。先の戦闘で薬草を大量に使ってしまったから、補充しておかないと」
ロディが道具屋を指差して言う。魔物使いの少年の一件でモーブに大量の薬草を使ったこと、故郷へ戻るモーブ達にも薬草を半分にしたことで手持ちの薬草はすっかり少なくなっていた。長旅の最中に薬草がなくなることは、なるべくなら避けたい。モーブもロディに頼りすぎないようにといったようなことを言っていたから、負担をかけないようにしたいと私も思う。
三人で道具屋に赴いたものの、店主のおじさんは薬草を求める私達に眉根を寄せて困ったような顔を向けた。
「悪いな。さっき売れちまったんだよ」
「え、でも、道具屋なら沢山仕入れているはずだろう?」
ロディが驚いて食い下がるも、店主はポリポリと頭を掻いた。
「それが、二人組の子どもが全部買い占めてったんだよ。あんたらに売る薬草はひとつもないんだ。次の仕入れは来週だし、オレが自分で採りに行くわけにもいかねぇからな」
私達は顔を見合わせた。道具屋で薬草が売り切れるなんてこと、あるんだろうか。でも実際にこうして起こっているし、店主のおじさんも生まれて初めてだよと困惑していた。
「他の道具屋は……」
「あー、何処も同じみたいだ。薬草屋でも始めようってのかね、あの二人組は」
悪いが来週まで待つか自分で採りに行ってくれ、と店主のおじさんは言った。傷薬としての薬草じゃなくて、他の効能のある薬草ならあるんだがと代替案を出してはくれるけど、私達が求めているのは傷薬としての薬草だからそれを受け容れることはできない。
「その二人組に売ってもらえれば良いのだけど」
私が呟いた言葉に、そうだねぇ、とロディは苦笑した。これは困った、とロディは言う。
「お仕事の邪魔になるからひとまず外に出て、その二人を探してみようか」
挨拶もそこそこに、私達は道具屋を出た。その出入り口前で、腕組みをした赤毛の少年が私達を睨むように眺めるのに出くわした。いや、これは、値踏みだ。
「……お前ら、薬草を探してるのか?」
少年が怖い顔のままで私達に尋ねる。少年の後ろには長い前髪で目元が見えない黒髪の少女が隠れるようにしながら私達を窺っていた。
彼らが道具屋で薬草を買い占めているという二人組だろうか。
「その様子だと薬草は手に入らなかっただろ」
少年は高圧的に喋るけれど、大人のロディやラスにはどう見えているだろう。私の方が彼らに年齢は近いと思うけど、そんな私から見ても彼らは子どもだった。
「あんたらが薬草を買い占めたの?」
ラスが尋ねる。別段優しくしようとか同じように高圧的に接しようとかはしていない、いつものラスだった。少年が小さく頷く。
「誰か大怪我をしているのかい?」
ロディが心配そうに尋ねた。薬草を買い占めたお金で医療魔術師を雇った方が確実だと思うけど、とロディは続けるが、少年は首を振った。
「お前ら、冒険者だろ?」
それは傷ついた小動物のようだった。森で何度もそういう小動物を見かけたことがある。警戒して、窺って、相手がどんな存在か観察している。近づいた途端に危害を加えられるのか慈愛を注がれるのか、判断しようとしている。少年の姿は、まさにそれだった。
「剣士と、魔法使い。オレは魔法は素人だが、剣士については分かる。オレも剣士を目指してるからな。お前、かなりできるだろ」
少年の目は真っ直ぐにラスを見た。燃えるような赤毛の二人はお互いの視線から何かを探ろうとしているのか、ラスはすぐには答えなかった。先に折れたのは少年の方だった。
「……頼みがあるんだ。オレ達の村を、助けてほしい」




