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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
8章 慟哭の泡
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23 図った脱出ですが


 歌を紡ぎ始めてすぐ、ゆら、と使い魔たちがふらついた。真っ直ぐにリアムへ突っ込もうとし、狙いを誤って返り討ちにされている。歌ってほんの数秒なのにもう効果を発揮するなんて、と人魚の歌の力を改めて感じていたらセシルに手を引っ張られた。今のうちに脱出しようということらしい。


 私は頷いて、でもピエールに身振りでロディを引き受けることを伝える。リアムは後ろで使い魔を引きつけて戦ってくれているし、前方にもし使い魔がいる場合に応戦してくれるのはピエールになるだろう。その時にロディを背負っていて(もり)を振るえない状態になるのは避けたい。ロディは私よりも背が高いけれど水の中なら多少は重さも軽減される。少なくとも意識がないロディを引っ張るくらいなら私でもできるはずだ。


 ピエールは私の意図を見抜いて頷き、背負っていたロディを下ろした。私はロディの体の下から自分の体を滑り込ませ、杖を離さないように杖を持った腕を肩にかけた。私も彼の杖を握り、腰周りのローブを掴む。私たちとは違っていきなり海の波に拐われたから着の身着のままだ。動きにくかっただろう。


「リアム、行くよ」


 セシルが声をかけ、リアムは声には出さないものの頷いて返した。じりじりと後退りし、ふらつきながらも意識を保ったままの使い魔に応じながら私たちの後についてくる。セシルが不安そうに零す声が私の耳に届いた。


「魔女はもういないのに結界としての魔法はまだ生きてる。出られると良いんだけど」


 光のあった祭祀場を出れば廊下はまた暗闇に逆戻りだ。私の腕にかけたままのランタンが仄かに光るから完全な暗闇ではないものの、ほんの少し先が見えるだけで心許ないのは変わりがない。真っ暗ではないのが恐怖を少しだけ落ち着けてくれるというだけで。


 ピエールには見えているのか、迷う様子はなく先頭を進んでいく。油断なく銛を構えてはいるものの、振るう様子はないから使い魔はいないのか、いても人魚の歌に意識を手放しているのだろう。リアムが振るう剣や使い魔の悲鳴も聞こえなくなった。暗くて静かな澱んだ水の中で、ピエールと私の歌声が響いている。


「行き止まりだ」


 歌と歌の合間、ピエールが言う。やっぱり、とセシルが息を吐いて少し考える様子を見せた。


「魔女の部屋へ行こう。其処も魔法で隠されてるとは思うけど、ピエールなら判る? 見つけてさえくれれば開けるのはこっちで何とかしてみる」


 セシルの提案にピエールは頷いた。壁に手を当て、文字通り手探りでピエールは進む。私たちはそれについて進み、暗闇の中を静かに移動した。


 見つかるだろうか。私は不安に思う。ピエールの手腕もセシルやリアムの手腕も心配はない。けれど外側からの襲撃を阻み、あれだけの数の使い魔に言うことを聞かせてきた魔女の棲家だ。慌てて祭祀場へ来た様子ではあったけれど、隠してから祭祀場へ向かったのではないかと思うから不安の方が大きい。


「此処から出たいのか?」


 水の精の声がして、私は一瞬体を震わせた。誰にも聞こえなかったのか、ランタンが少し揺れた程度では気にもならなかったのか、声がかけられることはなかった。誰も何も答えないところを見るとやはり私にしか聞こえていないのだろう。


「出してやろうか」


 危険な誘いだということは私でも解った。私の願いは既に使った。そう何度も願いを叶えてくれるものだとは思わない。だから無視をしていたのだけれど、水の精は構わずに何度も話しかけてくる。


「そう意地を張っていても出られるものではあるまい」


「我に願え」


 願ってもらわないとできないのか、と私はそれで知る。でもその対価に何を要求されるか分かったものではない。それに私が願ったところで、思い描いたように叶うとは限らないことも目の当たりにしてしまった。


「強情な」


 呆れたような声がしたけれど、私に言わせれば水の精だって強情だ。頻りに願えと促してくる。私はそれを嫌だと態度で突っぱねる。歌にイライラが滲み、頭を振って気持ちを切り替えようとした。


 私の声に魔力がないとはいえ、この歌は生き物を眠りに(いざな)う歌なのだ。そうして海の中で弱い存在である人魚が安全に移動できるように、無用な血を流さないための歌。その歌に願うもの以外の感情を混ぜ込んではいけない。


「──なるほど、異邦の娘、気に入った」


「は、え」


 予想外の返答が水の精から返ってくるから驚いた声が出た。歌が途切れる。静かだった廊下にいきなり水の流れが押し寄せて私は咄嗟に息を詰め、ロディを離すまいと手に力を込めた。お姉さん、とセシルの慌てたような声が遠くで聞こえた気がする。けれど、ごう、と耳元で唸った水の音に掻き消され、握った杖と掴んだ服の感触だけを頼りに私は目をぎゅっと瞑った。


「異邦の娘よ」


 水の精の声がする。水の勢いが弱まって私は薄らと目を開けた。辺りは暗く、私の手にしていたものと腕に下げていたランタンだけが見える。周囲にいたはずのピエールやセシル、リアムの姿はない。


「望むものは何だ。何故、此処へ来た。何故、歌を紡いだ。何故、頑なに拒む。我が気に入らないか?」


「み、皆は何処なの?」


 私が慌てて口を開くと、話をしたい、と水の精は自分の願いを口にした。私は思わず黙った。機嫌を損ねてしまっても困る。水の精が皆を何処かにやったのは明白だから、私は自分の出方次第であることを肝に銘じた。


「……私、あんな風に願いを叶えてもらうつもりじゃなかったの。だからその、怖い、のよ。私が何かを願ったら、意図しない叶え方をされるんじゃないかと思って。それにもう願いは叶えたでしょう?」


「ひとつだけだ。あの場で捧げられた供物はひとつではない」


 私は絶句した。祭壇に捧げた使い魔の骸は一体だけど、祭祀場では多くの血が流れた。多くの命が喪われた。それをもし、供物と捉えられているなら。


「いくつ願いを叶えるつもりでいるの……?」


 震える声で尋ねたら水の精は黙った。言い淀むような間があり、私が疑問に思って首を傾げれば渋々といった様子で答える。


「我の叶え方は不服か。願われればいくつでも、と思っていたのだが」


「え」


 驚いた声をあげる私に水の精は拗ねたような声を出した。


「異邦の娘よ、願え。我に、願え。その声の届くところ、我の力及ぶところ、全て手を貸す。我を起こしたのはお前だ。我の願った歌を再び紡いだのは、お前なのだから。幾年、幾百の時を微睡(まどろ)みの中で待ったと思う。お前が首を縦に振らぬのならばその男の生をもらう」



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