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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
8章 慟哭の泡
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22 使い魔との攻防ですが


「わ、私、こんなのを願ったんじゃないわ」


 私は驚いて声を上げた。神の仕業か、とリアムが私に問う。顔を顰めて私は頷いた。


「魔女に、や、約束を、守ってもらおうと思っただけなのに。どうしてこんな」


「人間の尺度では考えられないことをするのが人間以外の生き物だ。神も魔物も、そう変わらない」


 リアムの返答に私は言葉を失った。そんな。


 震える両手を口元に持っていく。衝撃でお腹の中のものが出てきそうな感覚を覚えた。何てことをしてしまったのだろうと思う。何てことを、願ってしまったのか。私の願い方が悪かったのだろうか。どう言えば、水の精に私の意図は伝わったのだろう。


「……あんたの思った通りのことにはならなかったのかもしれないが、結果はあの魔女が願った通りになり、俺たちは助かった。そういうことだろう」


 リアムが剣を収めて言う。諦観にも似た声は、もう取り返しがつかないと知っているかのようだ。魔女の使い魔は突如として倒れた魔女の傍に群がり、あろうことが腹についた口を開くと貪りついた。水が穢れていく。私は息を呑んでその様子を見守るしかなかった。


「贄だらけのこの場所からは早々に出た方が良いだろうな。次の贄はあんたになる」


「でも──」


「お姉さん!」


 セシルの声がして私は振り返った。祭祀場の入り口、セシルとピエールが姿を現した。ピエールは背に青年を背負っていた。明るいところで見れば判る。ロディだ。


「セシル! ピエール! ロディも一緒なのね……!」


 魔女の言う通り、杖の持ち主は此処にいた。ロディの頭の周りは空気の膜で覆われ、ぐったりしているように見える。急いで向かおうとした私の腕をリアムが掴んで引き止めた。


「待て」


「え、なん……っ」


 抗議しようとした私の目の前を魔女の使い魔が横切って行った。魔女の体に群がるにはもう場所がないらしい。あぶれた使い魔が他の獲物に齧りつこうとしているようだ。それをすんでのところで助けられたらしい。


「あ、ありがとう……」


 恐怖に跳ねた心臓を抑えるように胸に手を当て、私はリアムを向いた。リアムは私の腕を放し、目の前で食われるのは良い気分になるものじゃないからなと答える。魔女が貪り食われているのを視界の端に収めながら、そうね、と私は苦笑した。


「わ、この……っ」


 セシルたちの方にも使い魔は向かっている。襲われて抵抗するセシルたちを何とか助けてあげたいと思っても、私ではどうにもできない。ピエールが構えた(もり)も、ロディを背負っている状態では上手く振れないようだ。かといってセシルが背負うにはロディの方が背が高い。


「セシル! ピエール!」


 私は声をあげる。リアムと一緒に向かおうとして、ピエールに背負われたロディが重たそうに腕を上げるのが見えたから足を止めた。何か言ったのか、離れた此処までロディの声は聞こえない。けれど魔法を使ったようで使い魔が悲鳴をあげた。


「ロディ……! 杖は此処にあるのに……!」


 私は息を呑む。杖なしで魔法を使ったら命を削ってしまう。多少なら大丈夫とロディは以前に言っていたけれど、今は相当に消耗しているはずだ。それなのに宝石を通さずに魔法なんて使って、大丈夫とは思えない。


「ほう、ほう。あの魔力は(そそ)るな」


 水の精の声がする。思わず振り返った私の目にその姿は見えない。どうした、とリアムに声をかけられて私は首を振った。今はこの杖をロディに届ける方が先だ。


「ロディ!」


「……やぁ、ライラ」


 ピエールが背負うロディのところへ辿り着き、私は声をかけた。空気の膜の向こう、ひどい顔色をしたロディがそれでもいつものように笑おうとして口角を上げる。私は抱えていた杖をロディへ返した。


「貴方の杖よ。もし魔法を使おうと思ってるなら杖なしでなんて、やめて」


「心配性だね」


「心配性なんじゃなくて、心配してるの」


 ロディは杖を受け取るものの、ピエールの背から降りられるわけではなさそうだった。杖は魔法の負担を減らすためのもの。魔力を回復させるものではない。早く海から出なくては。そう思ってもこの使い魔の群れは今や魔女の体を喰らい尽くし、次の獲物を狙っていた。人魚のピエールだけならまだしも、本来なら陸にいる人間が四人もいる中で勝ち目は薄い。


「途中で使い魔がオレたちに見向きもしなくなったから何事かと思ったが……」


 ピエールが魔女の僅かに残る亡骸へ視線を向け、言葉を失くしたように首を振った。


「逃げ出すにはこいつら薙ぎ払ってかなきゃならないの?」


 セシルがげんなりした様子で誰にともなく尋ねた。そうだろうな、とリアムが答える。二人とも表情には出さないけれど疲弊しているはずだ。


「時間を稼いでくれればオレが歌う。気が紛れるなら貴様も歌え」


 ピエールの提案に私は頷いた。人魚の眠りの歌なら戦闘を避けることができる。見つかっている状態で歌い始めるには難しいものがあるけれど、リアムもセシルもいるならもしかしてと思ったのだ。魔力のない私が一緒に歌ったって効果はない。けれど血が漂い穢れたこの場所は気が滅入る。


「其処の魔術師も眠れば多少は消耗が抑えられるだろうしな、俺は構わない」


 リアムが剣を再び振った。ゆら、と使い魔たちはこちらを窺っている。


「悪いけどこの状況で召喚に賭けるのは賢いとは言えない。任せて良い?」


 セシルがリアムへ問う。ああ、とリアムは頷いた。魔女と相対した時に見せたような不敵な笑みを唇へ浮かべる。


「俺が斬り殺す前に歌うことだな」


 構えたリアム目がけて使い魔が襲いかかってくる。私はピエールを見上げ、頷くと音を紡ぎ始めた。



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