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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
8章 慟哭の泡
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18 祭祀場に響く願いですが


 願い、祈る。その中に含まれる怯懦や畏敬の念を感じるような、厳かな歌。讃美歌にも似た、けれど女神様のそれとは非なるもの。


 私の耳には幾重にも集まった人々の歌が聞こえていた。言葉はよく聞き取れない。神聖なのに、それともだからこそ、恐ろしい。


「リアム、この歌……」


「歌?」


 私が震える声で呼び掛ければ、怪訝そうにリアムは振り向いた。まさか、と私は思う。まさかこの歌が聞こえないのだろうか。こんなに響いているのに。


「此処に響いている歌よ。大勢が歌っているの、言葉は分からなくても聞こえるでしょう?」


 魔法の歌に違いないと思うからそう尋ねたのに、リアムは否定の意味で首を振った。魔力のない私に聞こえて、魔力感知の能力もあるリアムが聞こえないなんてこと、あるだろうか。


「あんたにはどんな歌が聞こえるんだ」


 恐怖が顔に出たのか、リアムが静かに私へ尋ねた。黙っていれば不安になる。私が取り乱さないように差し出してくれた手に、私はそっと言葉を乗せる。


「言葉が聞き取れないから違うかもしれないけど、祈りの歌、に聞こえるわ。女神様へ捧げるものとは違う。でも、願いの本質は同じ。感謝とは違う。今よりもっと良いものを求める、救いを、欲している歌」


「碌なものじゃないな」


 リアムは眉根を寄せて軽蔑するような声を出した。私にはそれが少し意外だったけれど、追求している余裕はない。私の耳に聞こえる歌は今も願い求めて響き続けているのだから。


「壁に描かれている絵」


 大勢の人と、光を放つ何か、供物に、捧げ与えられるもの。私はそれらを見回した。リアムも私に続くように視線を走らせる。


「此処で祈りが捧げられていたんじゃないかと思うの。供物を捧げて、歌を捧げて、そうして光り輝く何かが人々に与えたものがある。それを記した絵なんじゃないかしら。文字や言葉は喪われても、人が求めるものはいつもそう変わるものじゃないと思うのよ。それを絵で表したなら」


 遠く遠く離れた昔に、あるいは未来に、伝えるものがあったなら。受け取る側である私たちが読めないかもしれない言葉ではなく、絵で。


「此処は恐らく祭祀場。教会や聖堂と同じ。人々の願いを受け止める場所。でも此処に描かれたこれはきっと女神様じゃない。何に祈って、何に捧げて、何が受け取って何を与えてくれたのかしら」


「例えばあんたが聞こえる歌をなぞって歌ったとしたら、そいつは来ると思うか」


 リアムに問われて私は彼を見上げた。昏い、宵の瞳。先ほどは侮蔑を滲ませたその目に今は感情が見えない。何かがあると僅かでも思うから私に訊いているのだろう。でも私は、人に祈りを捧げられる存在になったことがないから判らない。


「分からないわ。私がなぞれるのはこの歌の音だけ。言葉も分からないし込める気持ちもない。来てもらったとしても何を願うの? それに此処には供物もないし……」


「供物ならあるだろう。魔女の使い魔が入り口でオレたちが出てくるのを待ち構えている」


 え、と思って私は振り返った。今まで天井の傍で張り付くようにして折ってきていた魔女の使い魔は確かにこの祭祀場には入ってきていないようだ。ヒレが、老人のような細い腕が時折見える。こちらの様子を窺っている様子だった。


「入ってこない……?」


 多少の明るさがあり隠れる場所がないからか、それとも、この場そのものに入ってこられないのか。私は首を傾げたけれど、さあな、とリアムは理由には興味がない様子で答えた。


「え、で、でもあれを供物にするつもりなの?」


 魔女の使い魔を供物にしようと考える発想が私にはなかったから驚けば、そうだとリアムは何でもないことのように肯定した。


「隙を見せれば向こうから襲ってくるんだ。こちらから仕掛けたところで文句を言われる筋合いはない」


 あるから使う。リアムはそういう感覚なのだろう。私だって別に殊更に命の大切さだなんて説くつもりはない。襲われたのは事実だし、襲われようとしているのも恐らく本当だからだ。自分の命を狙われた時に相手のことまで考えられる余裕があるのは強いものだけだ。


「そ、それは止めないけど、でもあの、来るとしても本当に何が来るか分からないのよ?」


 壁画に残された光り輝く存在が何か、詳細は描かれていないから分からない。もたらされるものが良いものであるとも限らない。用もないのに呼び出すなんて、呼ばれた方も堪ったものではないだろうに。


「あんた、魔物使いの“適性”は?」


 リアムは私の質問に答えず、自分が知りたいことを訊いてくる。話したこともあるだろうけれど覚えていないのだろう、“それなり”だと答えながら私は何の意味があるのかと首を傾げた。


「精霊使いは」


「“適正なし”よ」


「神職は。賢者は」


「神職は“適正なし”で、賢者は“天職”。神職の上級職が賢者なのに賢者に天職を示すなんておかしいと思う?」


「いや、別に思わない。賢者は必ずしも神職に関わることでなくても良い筈だからな。職業適正を見ている奴らが定めたものなんて気にするな。あんたはあんたの得意を伸ばせば良い」


 それは両親が私に言わずとも思いながら育ててくれた気持ちと同じに感じて私は一瞬口を噤んだ。リアムはそれには気づかなかったのか、何かを寸の間考え込み、すっと視線を私に動かした。


「……“歌姫”は」


「“天職”よ」


 なるほど、とリアムは片方の口角を上げて笑った。何がなるほどなのか、面白いことなのかも分からないけれど私は腰に両手を当てて息を吐いた。


「なんなの?」


「あんたは召喚士には向かないな。崇め奉られる存在に祈りを捧げることも。だが歌姫としての技術が届けることはあるかもしれないだろう」


 言いながらリアムは祭祀場の出入り口で溜まっていた使い魔の一匹を難なく斬り殺し、引っ掴むと中心の台座に載せた。使い魔の血は水に溶け出しており、その中を移動する私はあまり良い気持ちはしなかったものの何も言わないでいた。


「此処までは一本道だった。戻っても外には出られない。それなら此処で何かをするしかないんだ。試す価値はある」


 さぁ、とリアムは祭壇と思しき台座の前からくるりと振り返って私を見る。両手を広げ、薄く笑った。


「儀式と歌をなぞってくれ」


 それは何か、良くないものの誘いに私には聞こえたのだった。



15時ちょっと前に間違えて投稿してしまったのでその時もしかしたらご覧になった方がいらっしゃるかもしれませんね。普段削除なんてしないのでやり方が分からず一時は諦めたんですが10分後くらいに見つけられたのでやり直すことにしました。自転車操業ですけど出来てるんなら16時台に投稿するのがこだわりなのです…!

内容は変わっていないのでちょっとしたレア体験だったということでね…!

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