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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
8章 慟哭の泡
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17 行き着いた部屋ですが


「どうして?」


 私は首を傾げる。後ろを振り返ってみたけれど意味がないからやめておけとリアムに言われた。そうだろうか。一歩、たった一歩、戻るだけだ。それだけで其処は陽射しの差し込む明るい外だ。でももう足を下げたところで戻れないだろうことは私にも予測できた。


 恐らくこれも、セシルの言っていた“境界”だ。目に見える仕切りはなくても、明確に内と外とを隔てるもの。私たちはそれを跨いで踏み入れた。


「入る度に景観が変わる家なのかしら、此処」


 ランタンを掲げて少し奥を照らす。それを物凄い速さで止められ下げられた私の前にリアムが踏み込み、私の背は何かに触れた。壁のような、硬いものに。


「ギャアアァァッ!」


 切り裂く音はしなかった。けれどリアムが払った刃は確実にその胴に深く入り、相手を死に至らしめる。断末魔の叫びが目の前で響いて私は目を見開いた。


「迂闊に腕を出すな。喰い千切られたいなら止めないが」


「い、いえ……ありがとう」


 ぷかり、と浮いて天井に張り付くように昇っていくそれを視界に収めながら私は礼を言った。外で見たのと同じ魔女の使い魔だ。先ほどのはリアムが撃退し、今回も退治した。違いは分からないけれど別個体なのだろう。老人のような細い腕以外にも鋭い歯を持っているらしい。その口は平たい腹側についている。先ほど掴まれた時に齧りつかれなくて良かったと心の底から思う。


「向こうも容赦しなくなってるな。あんたには何が目的か判るか?」


「判らないわ。襲われる理由も、出してもらえない理由も、何も」


 私は周囲を見回す。魔女の使い魔は見えるところにはいない。けれど急に現れたところを見るに暗がりに潜んでいるのだろう。人の目では状況は不利だ。灯りがあるとはいえ、それは向こうからの目印にもなる。まぁ向こうは暗闇の中でも見えるなら灯りのひとつやふたつ、あったところで影響はないのかもしれないけれど。


 入口は最初に四人で入った時とは姿を変えていた。扉のない、壁の竪穴を利用した住居の入り口が変わることなどあるのだろうか。真っ直ぐに続いていた道は早速の曲がり角を見せ、私たちは顔を見合わせる。灯りは不可欠だ。前に出さなければ少し先を照らすこともできない。


「灯りはあんたが持っていろ。腕や脚をその範囲から出さなきゃ守ってやれる」


「でもそれじゃリアムが」


「見えないが向けられる殺気は判る。ある程度は応じられる自信があるがな」


 私が反論するとリアムに有無を言わさない声で返された。今までの様子からもそうなのは否定しようもないから、無理しないでね、と言うだけに留める。ああ、と頷いたリアムの後に続いて私は進んだ。


 隙を見せなければ使い魔も襲ってはこられないようだった。リアムが強く警戒しているおかげだろうと思う。私には判らないけれど殺気とやらをリアムも発しているのかもしれない。強いものに無謀にも向かって行かないのは本能だ。理性で作戦を立て、向かっていくことはあるかもしれないけれど魔女の使い魔はまだ其処まではしてこない。


 道は下り坂だった。上に伸びる住居のはずだけれど、地下があるのだろうか。セシルやピエールがいる場所からは離れていっていることだけは判るけれど、他に道もない。続く廊下には他に部屋がないのだ。光の届かない頭上で、水が動く気配がする。使い魔が私たちを追い、襲い掛かる隙を探っているのかもしれないと思うと緊張した。


 棲家の中は静かだ。セシルやピエールはどうしているだろう。戦闘しているならその衝撃や音が伝わってきても良いだろうに。捕まってしまったのだろうか。まさか命を落としたなんてことは。


 黙っていると悪い想像ばかりが膨らんでしまいそうで口を開くものの、言葉は出てこない。何を話せば良いのか判らない。警戒しているリアムの集中を途切れさせたくもなかった。私が不安なだけで、それを誰かに紛らわしてもらおうなんて。ただでさえ守ってもらっているのに。自分の中の恐怖くらい、自分で処理しなければ。


 魔女は、どうして私たちを襲うのだろう。


 この棲家が、仮に誰であっても入る度に道が変わる領域なのだとしても使い魔が私たちを襲うのには理由があるはずだ。争いが御法度のはずの魔女の領域で、私たちはどうして襲われるのだろうか。


 ──魔女は中立だ。


 ──魔女に敵と見做されなければ争いは発生しない。従って人魚の歌も禁止。魔物側の人魚の狩も禁止。


 ──人魚狩をしそうなやつは近くにいないかい。


 ピエールの説明と魔女の問いかけを思い出す。本当に中立なら魔女は襲ってこない。いや、正確には魔女の使い魔が襲いかかってきているだけで魔女自身の攻撃ではない。事実、レティシアは二度行って無事に戻ってきている。ピエールが聞いていた話は嘘ではないのだろう。でもそれなら、何故。


 一体何処で、敵と見做されたのだろう。


「……これは」


 リアムが思わずといった様子で言葉を零すのを聞いて私は顔を上げた。いつの間にか広い場所へ出ている。地下の、随分と奥深いところへ来たのではないかと思う。扉のない門のようなものを(くぐ)った先、目が一点の台座へ吸い寄せられた。


 円形の、広い部屋だ。苔がついているのか部屋全体がぼんやりと明るい。他の場所に比べて白い石が含まれているのか、僅かな灯りを反射しているようだ。その壁には色褪せてはいるものの、絵が描かれている。大勢の人と、光を放つ何か、供物に、捧げ与えられるもの。


「祈り、と、儀式……?」


 その壁画を見て私も言葉を零す。リアムからの反応はない。壁画をぐるりと見て、再度台座を見る。真っ白な台座。円形の部屋の中央に鎮座するそれは、神聖なものであるかのように見えた。壁画を見る限りではそうとも限らないような気がしたけれど。


「此処は……」


 何を目的とした場所なのか、尋ねようとして私は口を噤んだ。耳に歌が聞こえてきたような気がしたせいだった。




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