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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
8章 慟哭の泡
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16 綺麗事ですが


「あった!」


 光る苔は案外早く見つけることができた。岩場でできた棲家の周囲、流れ着いた物が放置されているせいで苔が多く繁殖しているようだ。周囲に使い魔がいないかリアムに警戒してもらいながら私は苔のついたランタンを取り出す。ランタンとしては使い物にならないけれど、魔女の棲家の中では重宝しそうだった。


 宝箱に腕を挟まれている服を着た人骨の傍にランタンは転がっていた。此処へ来てすぐ周囲を見回った時に、セシルからロディじゃないよと落ち着くよう言葉をかけられたのを思い出す。恐る恐る、ランタンに手を伸ばして取るまで動き出さないことを密かに願った。


 人骨にも苔は侵食しているようだ。髪はとうになくなり、服といっても襤褸を纏っているに等しい。放置されてどれくらい経つのだろう。どうしてこのまま放置するのだろう。そんなことを考えるけれどぽっかりと空いた虚な眼窩をじっと覗き込んでいる勇気はなくて早々に視線を逸らした。


 ロディの杖を抱きしめるようにして持ち、ランタンを片手で掲げる。早くセシルとピエールのところへ戻らなくてはと思うから勢い良くリアムを振り返れば、リアムも神妙に頷いた。


「あの魔女がまた正面から行って入れてくれると思うか?」


「でも窓からじゃ侵入になってしまうわ。皆で出ないといけないから、また私たちは魔女のお客さんよ」


 敵と見做されていればどう判断されるかは分からないものの、ひとまず私はそれらしい理由を提示した。棲家の上からは輪が出ている。起きて薬を作っているのだろうか。私の髪の毛もその材料になっているかもしれない。


「今度は何を要求されるか分かったものじゃない」


「そうね。髪の毛みたいに取り返しがつくものなら良いんだけど」


 レティシアのように声を求められたら、私は渡すだろうか。魔女との取引は二度目になる。一度目はレティシアも真珠の耳飾りを対価として差し出したような話があった。二度目は声だ。私が求められたのも髪の毛。二度目は、もしかして。


「無理な要求は退けて良い。いざという時は力で押し通る」


「それじゃ強盗だわ」


 棲家の正面へ向かいながら私はリアムの最終的な解決方法に胃を唱えた。何となくそれは冗談でも何でもなく、リアムの取りうる最後の手段に感じたからだ。案の定、私の答えにリアムは理解できないといった表情を浮かべている。


「先に奪おうとしているのは相手だろう。それに持てる力で対抗するに過ぎない」


「理屈は分かるのよ。でも、それじゃいつまで経っても平行線で争ってばかりじゃない」


 綺麗事だ、とリアムが言うのを私は切ない思いで聞いた。用心棒という仕事柄、記憶がなくなっても体が覚えているほど振るった剣の腕からも、奪われる環境にいたことは想像に難くない。そういう環境下にいれば抵抗するには全力でなくてはならないだろうと私も思う。言葉でなんて、交渉でなんて解決しないことがあるのは私にだって想像はできる。でもだからといってそれを良しとしていては、それ以外の手段を模索することも取ることもできなくなるのではとも思うのだ。


「あなたがそう言うのも分かる、と思う。私の理解も想像も及ばないようなものを見てきたんじゃないかと思うから。私は平和な村で、優しい人に囲まれて育ってきたから知らないことだらけなのも自覚している。でも、あなたがどれだけ凄惨なものを見てきたからと言って、それを理由に諍いが起きるのを仕方ないと諦めてほしくないのよ」


 リアムに限った話ではない。セシルにもそう思っているし、渡った夢で見たあの勇者として立つ少年にも同じことを願う。幼い頃に凄惨なものを目にした、ロディやモーブにも。出会ってきた人たち全員、諦めてほしくない。


「残酷なことを言っているのかもしれないし、酷いことを頼んでいるのかもしれない。私が同じ目に遭って同じことを言われて納得できるか、自分でも分からないのに。でも最後まで諦めないでほしいと思うの」


「あんた、自分でもできるか分からないことを他人に頼むのか」


 指摘されて、そうね、と私は苦笑した。都合の良いことを言っているのも、どの口が言うのかと思われるのも解っている。それでも願うのだ。


「血生臭いものより、素敵なものを見てほしいって思うのよ。だって私の会ってきた人たち皆、幸せになってほしいんだもの」


 リアムが驚いたように私を見た。幸せ、と声に出ずに唇が動くから、幸せ、と私は声に出して答える。


「あなたもよ、リアム。あなたにも幸せになってほしいって、私、思ってるわ」


 リアムは何かを考え込むように目を伏せたけれど、棲家の正面へ辿り着いたからか話題を切り替えた。次に開いた口から出てきたのは話の続きではない。


「オレたちは客としてまた入る。魔女と遭遇するより前にあの二人と合流できれば良いが、まぁ難しいだろう。魔女への依頼、交渉、最初はあんたに任せる。手に負えないと思えば横槍を入れるからそのつもりでいるんだな」


「任せてくれるの?」


 私が首を傾げればリアムは頷く。魔女がどう出てくるかも分からないからと。


「無茶な要求をあんたが退けられないならオレが力で押し通す。悩む時間を魔女がくれるとも限らない。此処は魔女の領域なんだろう。多少の無理を効かせられるのはあっちだ。オレたちが不利な状況は変わらない。判断は迅速にするんだな」


「……肝に銘じておくわ」


 敵と見做された可能性がある場所へ戻ることの意味を改めて突きつけられて私は緊張した。魔女の部屋に辿り着けるかも分からない。先ほどは気配だけだった使い魔がいきなり襲いかかってくることだってあるかもしれないのだから。


「行くぞ」


 リアムの声に合わせて私はランタンを掲げ、魔女の棲家へと再び乗り込んだ。




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